2012年4月10日 (火)

<日本人塾> 191. アインシュタインの頭脳に学ぶ: 天才とは、専門を極める努力のたまもの

 

全国・全世界の日本人のための

(私塾) 日本人塾 「日本人」

 

 京都市 伏見区 中島前山町 108  

(国道1号、ケーズデンキ伏見店より西北徒歩2分 / 地下鉄&近鉄竹田駅より徒歩35分)

 

 
 

頭脳研究

 

天才たちの頭脳はいかにしてつくられたか?

 

先天的に頭脳がどうであったかが問題ではなく

 

後天的学習・研究で頭脳がどう形成されたかが問題なのだ

 

アインシュタインの脳に学ぶ

 

 

   
 

本テキストの精読は、(私塾)日本人塾「日本人」の専用コースでご利用いただけます

 

<参考> 専用コース紹介

 
 

<レベル> 内容的・言語的に、中学生~

 

 

 アインシュタインの脳については、数学や物理などの理系才能と脳の構造との関係ということで、大きな関心を持っている。この問題について、主にウィキペディア英語版をもとに、簡単にまとめておきたい。

 但し、初めに断っておけば、私、日本人塾のトレーナーは、脳のことについてはまったくの素人である。したがって、ウィキペディアや辞書をもとに可能な限り調べて書いているが、その理解や専門用語の使い方などでおかしな点が多々あるかもしれない。以下は、そのような、瑕疵(かし)の可能性があるものとして読んでいただきたい。

 

 1.それは、アインシュタインの死から始まった

 具体的な天才の脳の研究ということでは、アインシュタイン(Albert Einstein, 1879 - 1955)の脳が今に残り、その構造の特殊性と彼の天才的研究との相関関係などについての研究が進められている。

 <参考>アルベルト・アインシュタイン」(ウィキペディア) ●「アインシュタインの脳」(ウィキペディア)

 アインシュタインは、76歳のその死まで、アメリカのニュージャージー州にある高等研究所(日本では「プリンストン高等研究所」が通称であるが、正式名称は「Institute for Advanced Study」で、「プリンストン」はない。有名大学プリンストン大学とは別組織であるが、活発な相互交流がある)で現役の研究者としてあった(「Einstein was affiliated with the Institute for Advanced Study in Princeton, New Jersey, until his death in 1955.」(「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)。そして、腹部大動脈瘤(Abdominal aortic aneurysm)破裂で、プリンストン病院(プリンストン大学病院。University Medical Center at Princeton(ウィキペディア英語版1955418日午前1時過ぎに亡くなる。

 <参考>「プリンストン高等研究所」(ウィキペディア) ●「Institute for Advanced Study」(ウィキペディア英語版)

 

 2.解剖医Harveyによる、アインシュタインの脳の無断摘出

 アインシュタインの遺体は、同病院の解剖医T. S. Harvey(「当時、プリンストン・メディカル・センターの病理学長」(杉元賢治天才と教育(I:アインシュタインの脳」(近畿大学教職教育部 教育論業 11巻第1平成11725日発行 抜刷))によって、同18日の8時に解剖され(「The autopsy was conducted at Princeton Hospital, Princeton NJ, on April 18 at 8:00 am.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用))、併せて、脳と両目が摘出された。

 「Dr. Harvey sectioned the preserved brain into 170 pieces in a lab at the University of Pennsylvania, a process that took three full months to complete. Those 170 sections were then sliced in microscopic slivers and mounted onto slides and stained. There were 12 sets of slides created with hundreds of slides in each set. Harvey retained two complete sets for his own research and distributed the rest to handpicked leading pathologists of the time.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 但し、上の記事では「170 pieces」になっているが、下の記事では「about 240 blocks」になっている。

 「Harvey photographed the brain from many angles. He then dissected it into about 240 blocks (each about 1 cm3) and encased the segments in a plastic-like material called collodion. Harvey also removed Einstein's eyes, and gave them to Henry Abrams.「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用

 しかし、このアインシュタインの脳の摘出・標本化は、アインシュタイン本人や家族の了承を得ないで遺体の解剖をおこなったもののようである。

 「No permission for the removal and preservation had been given by Einstein or his family, but when the family learned about the study, permission to proceed the study was granted as long as the results were only published in scientific journals and not sensationalised.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 なぜ、解剖医T. S. Harveyがアインシュタインの脳を摘出し標本化したかについては、「in the hope that the neuroscience of the future would be able to discover what made Einstein so intelligent「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用、将来の神経科学の発展がアインシュタインの知能の秘密を明らかにするかもしれないとの願いを込めてだったとされる。

 アインシュタインの脳/知能の秘密については、アインシュタインの死から60年以上隔てて、現在なお、世界中の多くの人々の関心を集めている。その限り、Harveyの科学者としての判断は科学の発展を促進するという判断指標に立った場合、正当化されうる余地はないわけではないであろう。そのことに鑑み、一部の遺族も学術目的に限定してHarveyの行為を事後承認したのであろう。

 しかし、死後の脳・遺体についても死者の尊厳を尊重する形で扱うということにおいて、本人にも家族にも無断で摘出したということは、なにがなし、ファウストがメフィストフェレスに自分の魂を売ったような暗いものを連想させる話ではある。

 <参考>「ファウスト」(ウィキペディア英語版)

 

 3.Harveyと共に消えたアインシュタインの脳

 アインシュタインの脳は、アインシュタイン本人の死後も数奇な運命を辿る。Harveyはアインシュタインの脳を返さなかったため大学病院を追われ(「He was fired from his position at Princeton Hospital shortly thereafter for refusing to relinquish the organs」(「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)。但し、出典不明)、アインシュタインの脳と共に人々の前から消える。

 次に人々がHarvey、つまりはアインシュタインの脳の行方について知るのは、それから20年以上たった1978年のことである。

 「In August, 1978, New Jersey Monthly reporter Steven Levy published an article, "I Found Einstein's Brain", based on his interview with Dr. Harvey when he was living in Wichita, Kansas.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 そして、また、16年ほどの長い月日がたち、1993年、アインシュタインの脳を探す一人の日本人学者が現れる。当時、近畿大学にあった杉本賢治助教授)がHarvey探しを始めたのだ。彼は、アインシュタインの最後をみとった看護婦にインタビューする(後出杉本論文)など様々な苦労を重ね、ついにHarveyを探し当てる。そして、Harveyにアインシュタインの脳の一部を乞い、手に入れる。このプロセスは、翌年、BBCによってドキュメント映画化された。

 「In 1994 documentary Relics: Einstein's Brain, Kinki University Professor Sugimoto Kenji asks Harvey for a piece of the brain, to which Harvey consents and slices a portion of the brain-stem. Footage shows Harvey segmenting and handing over to Sugimoto a portion.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 <参考>「アインシュタインの脳」(ウィキペディア) ●「Relics: Einstein's Brain」(ウィキペディア英語版)

 <参考>杉元賢治天才と教育(I:アインシュタインの脳」(近畿大学教職教育部 教育論業 11巻第1平成11725日発行 抜刷

 <参考>「アインシュタインの脳細胞の標本2つ 新潟大が保管」(原載は新潟日報。その転載記事。つまり、杉本氏がHarveyから入手したアインシュタインの脳の標本とは別に、新潟大学にもアインシュタインの脳の標本があるわけである。記事によれば、「神経病理学の権威で米国のアインシュタイン医科大の故ハーリー・M・ジンマーマン名誉教授から、同研究所長を務めた新潟大の生田房弘名誉教授(79) 197894年に譲り受けた」ものだそうである。)

 このように数奇な運命を辿ったアインシュタインの脳だが、最後は、それが取りだされた場所、プリンストン病院(の病理学者Elliot Krauss)へと戻される。

 「In 1998, Harvey delivered the remaining uncut portion of Einstein's brain to Dr. Elliot Krauss, a pathologist at University Medical Center at Princeton.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 そして、Harveyその人もまた、アインシュタイン同様、プリンストン病院で、その生涯を閉じる。アインシュタインが亡くなったのは、1955418日午前1時過ぎだったが、それから半世紀以上の約52年を経た200745日のことである。

 「Harvey died at the University Medical Center at Princeton on April 5, 2007.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 

 4.アインシュタインの脳の重さ & 漱石の脳の重さ

 このように、アインシュタインの脳の構造は、一般の人間のそれとは顕著な違いを見せていた。そして、それは、彼の知能との相関関係を強く示唆するものであった。

 では、脳のサイズや重さは関係あるのであろうか?アインシュタインを解剖したHarveyによって取りだされた彼の脳の重さはどうだったのであろうか?

 「Einstein's brain weighed 1,230 grams -well within the normal human range- which immediately dispelled the concept that intelligence and brain size were directly related.」(「Thomas Stoltz Harvey」ウィキペディア英語版2012.4.6引用

 アインシュタインの脳の重さは、1,230グラムとされた。標準的な重さ、あるいは、日本人男性のそれについては、1,330グラム程度という数字が見える(「質量の比較」ウィキペディア2012.4.6引用)ことからすると、むしろ、少し軽めなのかもしれない。むろん、この程度の差は、測り方によっても違ってくるであろうし、誤差の範囲内である。

 因みに、夏目漱石(1867 - 1916)の遺体も解剖され、その脳(と胃(漱石は長く胃の病気に苦しんだ))は摘出されている。比較のため、見てみよう。

 「漱石の死の翌日、遺体は東京帝国大学医学部解剖室において長與又郎によって解剖される。その際に摘出された脳と胃は寄贈された。脳は、現在もエタノールに漬けられた状態で東京大学医学部に保管されている。重さは1,425グラムであった。」(「夏目漱石」ウィキペディア2012.4.6引用

 アインシュタインの脳の重さは1,230グラムに対して1,425グラムは少し多いように見えるが、これも、日本人男性のそれについては、1,330グラム程度を基準に誤差の範囲内ではないだろうか。無論、この重さをもとに、どちらが頭がいいなどという議論は、まったくのナンセンスである。

 

 5.単純な脳の重さは、知能とは関係ない!

 人間の脳の重さが平均でいくらくらいなものなのかについては、生きている人の脳を取りだして秤(はかり)にかけるわけにもいかないし、また、まったくの素人なので間違ったことを言っているかもしれないが、年齢差や地域差や民族差やなどもあるのではないだろうか。また、測り方自体誤差のないようきちんと統一されているのだろうか?

 脳の重さと知能が関係ないことは、ウィキペディアに次のように説明されている。

 「脳が、あるいは大脳が大きいほうが頭がいいという俗説がある。これはヒトの大脳が類人猿の大脳よりも大きいこと、高齢者の脳が加齢に伴って萎縮すること、アルツハイマー病などの疾患では病変部が著しく萎縮することなどにも助長されていよう。しかし脳の重さは(特に人の間で)知能の指標とはならないとされる。夏目漱石やアルベルト・アインシュタインの脳は彼らの死後も保存されているが、その重さを量ってみても正常の範囲を出ない。またクジラやゾウは、ヒトより重い脳を持つ。」(「脳」ウィキペディア2012.4.6引用

 

 6.脳化指数EQはどうだろう?

 因みに、体重が重いほど脳も重くなる傾向があるので、脳の重さと知能との関係では、体重との相関において考える必要があるとのことで「脳化指数(encephalization quotient)」なる指標がある。これは、次のようなものである。

 「脳化指数(のうかしすう)、略称EQ (英語: encephalization quotient) は、脳の重さと体重から算出される値である。体重が大きいほど脳も重くなる傾向があるため、それが補正される。」(脳化指数」ウィキペディア2012.4.6引用)

 具体的に、いくつかの動物のそれを見てみると、次のような数字になる。

 「ヒト 0.86 / イルカ 0.64 / チンパンジー 0.30 / ゾウ 0.22 / カラス 0.16 / イヌ 0.14 / スズメ 0.12 / ネコ 0.12 / ウマ 0.10 / ウシ 0.06 / ブタ 0.05 / ニワトリ 0.03脳化指数」ウィキペディア2012.4.6引用)

 「Human 7.4-7.8 Bottlenose dolphin 4.14 Orca 2.57-3.3 Chimpanzee 2.2-2.5 Rhesus monkey 2.1 Elephant 1.13-2.36 Dog 1.2 Cat 1.00 Horse 0.9 Sheep 0.8 Mouse 0.5 Rat 0.4 Rabbit 0.4 Whale 0.18」(Encephalization quotient」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 計算式の違いで数値がウィキペディア日本語版とウィキペディア英語版で違っているが、順位は同じである。

 なかで、イルカ(「Bottlenose dolphin」は、「バンドウイルカ」。つまり、最も一般的なイルカ)やシャチ(Orca)の脳化指数がチンパンジーよりも高いこと、また、カラスが犬よりも高く、そのカラスよりもゾウが高いことなどが注目される。

 ただし、問題はあり、たとえば、脳のすべてが知的活動に使われているのかどうかという根本的問題の一つである。イルカやカラスなどは素人の感覚でも確かに賢そうに見えるが、ゾウの数値が高いことはどうなのであろうか?それについては、次のように指摘されている。

 「……while an elephant has a much larger brain than a Stegosaurus, a substantial part of the excess brain is bound up in bodily functions rather than cognitive functions.……Some of these abilities may be sensory and/or physical, and some may be intellectual. The actual intelligence of an animal therefore depends on the size of the brain and the proportion of the brain that is used for intellectual abilities, rather than advanced sensory or physical skills.」(Encephalization quotient」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 つまり、ゾウの脳化指数が大きいと言っても、その多くは知的機能として使われているわけではないわけなのである。脳化指数は、客観的・正確な数値として容易に得られるものであるが、しかし、それは単に脳の重さで比べるよりも少しはましであるだろうにせよ、脳と知能との関係を客観的・正確に示すものとはやはり言い難いのである。

 したがって、アインシュタインや夏目漱石の脳についても、それぞれの体重を加味して脳化指数は出そうなものであるが、仮にそれが出たとしても、やはり、同様に、信頼できる比較数値とは成りえないであろう。問題は、単純な重さや、それとの体重比ではなく、まさに、脳の中身・構造がどうなっているかなのである。

 

 7.アインシュタインの脳の構造

 ●頭頂弁蓋がなく、外側溝が発達していた

 さて、アインシュタインの脳と知能との関係における問題の本質は、脳の構造問題ということになった。では、アインシュタインの脳は、何か、その構造において特徴的なものを見せるのであろうか?

 「Harvey noticed immediately that Einstein had no parietal operculum in either hemisphere. Photographs of the brain show an enlarged Sylvian fissure; clearly Einstein's brain grew in an interesting way.」(「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用

 「parietal operculum」がアインシュタインの脳にはなかった、ということであるが、この「parietal operculum」というのは、日本語では「頭頂弁蓋」である。また、専門用語の「Sylvian fissure」は、「外側溝(がいそくこう)、シルビウス裂(溝)、大脳外側溝」などの訳語が見える。つまり、アインシュタインの脳は頭頂弁蓋」がなく、「外側溝」が肥大するという特徴をもっていた。

 <参考>「Parietal operculum」(ウィキペディア英語版)

 <参考>「外側溝」(ウィキペディア) ●Lateral sulcus」(ウィキペディア英語版)

 ウィキペディア英語版によれば、アインシュタインの脳に対するHarveyの所見を更に詳細に検討した研究がカナダの大学の研究チームによって1999年になされている。それについても見ておこう。

 In 1999, further analysis by a team at McMaster University in Hamilton, Ontario, Canada revealed that his parietal operculum region in the inferior frontal gyrus in the frontal lobe of the brain was vacant. Also absent was part of a bordering region called the lateral sulcus (Sylvian fissure). Researchers at McMaster University speculated that the vacancy may have enabled neurons in this part of his brain to communicate better. "This unusual brain anatomy...(missing part of the Sylvian fissure)... may explain why Einstein thought the way he did," said Professor Sandra Witelson who led the research published in The Lancet. This study was based on photographs of Einstein's brain made in 1955 by Dr. Harvey, and not direct examination of the brain. Einstein himself claimed that he thought visually rather than verbally.  Professor Laurie Hall of Cambridge University commenting on the study, said, "To say there is a definite link is one bridge too far, at the moment. So far the case isn't proven. ……"「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用

 ここで「inferior frontal gyrus」は、「下前頭回」、「frontal lobe」は、「前頭葉」である。このように、このチームの研究はアインシュタインの脳を直接に使ってのものではなく、Harveyが撮ったその写真をもとにしてのものではあるが、研究チームは、これまでに見たようなアインシュタインの脳の特徴から、アインシュタインが「he thought visually rather than verbally」言語的に思考しているというよりも視覚的/イメージ的に思考していると言っていた、そのような思考特性との結びつきを見ようとしている。

 しかし、この分野の研究は今まさに進行中のものであり、ケンブリッジ大学のLaurie教授の言うように、現段階でアインシュタインの脳の構造とその思考的特徴の関連についての研究において、その結論を得たとするにはまだ時期尚早なものがあると言うべきであろう。

 

 ●発話・言語的認識に問題があるらしいことと、数学的高度な能力が示唆される?

 このように、アインシュタインの脳と彼の思考特性についての科学的結論はまだ研究中の段階とすべきであろうが、それはそれとして、科学者たちがそれぞれに主張している見解をみておきたい

 「Scientists are currently interested in the possibility that physical differences in brain structure could determine different abilities. One part of the operculum called Broca's area plays an important role in speech production. To compensate, the inferior parietal lobe was 15 percent wider than normal. The inferior parietal region is responsible for mathematical thought, visuospatial cognition, and imagery of movement.」(「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用

 ここで、「operculum(弁蓋)」は、これまでに、アインシュタインの頭脳には欠けていた/なかった「parietal operculum(頭頂弁蓋)」のことを言っているのであろう。その一部としてある「Broca's area(ブローカ野(や))」は、「speech production(発話/発生/音声合成)」を司る器官であるとされる。

 つまり、上の文章ではそこまで言っていないが、このような脳の部位と機能との対応関係からすると、アインシュタインの脳は、頭頂弁蓋が欠けていることから、発話を中心としたコミュニケーション能力で何らかの問題があったことを示唆している、ということなのであろうか。

 そして、それを補うかのように、アインシュタインの脳は「inferior parietal lobe(下頭頂葉)」が一般より15%も肥大/発達していた。この部位は、「mathematical thought(数学的思考)」、「visuospatial cognition(空間視覚認識/視空間認識)」、「imagery of movement(運動や動作のイメージ化)」を担うものである。

 

 ●発話・言語理解を司る「Broca's area(ブローカ野)」

 「Broca's area(ブローカ野(や))」の機能について更に詳しく見てみよう。

 「ブローカ野(ぶろーかや、英: Broca's area)は、人の脳の領域の一部で、運動性言語中枢とも呼ばれ、言語処理、及び音声言語、手話の産出と理解に関わっている[1]。ごく単純に言えば、ノド、唇、舌などを動かして言語を発する役目を負っている。……ブローカ野は言語の理解と産出に対する役割によって、主に2つの部位に分けられる。:/ 三角部 (前側): 様々な刺激(複合モダリティー刺激の連合)'モード'の理解、言語行為の計画を担うと考えられている。/ 弁蓋部 (後側):1種類のみの刺激(単一モダリティー刺激の連合)に対する処理や、運動野に近いことから、音声言語産出のための発声器官の調整を担うと考えられている。」(ブローカ野」ウィキペディア2012.4.6引用)

 このように、弁蓋部のブローカ野は、音声言語産出、つまり発話に関わるとされる。さらに、英語版のウィキペディアで「Broca's area」の記事を見てみよう。

 「For a long time, it was assumed that the role of Broca's area was more devoted to language production than language comprehension. However, recent evidence demonstrates that Broca's area also plays a significant role in language comprehension. Patients with lesions in Broca's area who exhibit agrammatical speech production also show inability to use syntactic information to determine the meaning of sentences.」(Broca's area」ウィキペディア英語版2012.4.6引用。

 この記事によると、ブローカ野は、音声言語産出/発話だけでなく、言語理解にも関わっているとされる。

 

 ●図形的・数学的能力を司る「inferior parietal lobe(下頭頂葉)」

 アインシュタインの脳で、一般より15%も肥大/発達していたとされる「inferior parietal lobe(下頭頂葉)」について、ウィキペディアで「頭頂葉」の説明を見てみよう。

 「頭頂葉は異なる感覚モダリティーから感覚情報の統合を行っており、特に空間感覚と指示の決定を担っている。例えば、頭頂葉は体性感覚野と視覚系の背側皮質視覚路を構成している。これにより頭頂葉において、視覚によって知覚した対象の位置を身体座標における位置に変換することが出来る。……頭頂葉は身体の様々な部位からの感覚情報の統合や、数字とそれらの関係に関する知識[1]、対象の操作などに関する機能に重要な役割を持つ。頭頂葉の一部は視覚空間処理に関わっているともされていて、頭頂葉は他の3つの大脳葉に比べてほとんどよく分かっていない大脳葉である。」(「頭頂葉」ウィキペディア2012.4.6引用。「Parietal lobe」(ウィキペディア英語版)も同内容。

 

 ●文系ではなく、理系の脳として特徴的なアインシュタインの脳?

 アインシュタインの脳における「parietal operculum(頭頂弁蓋)」つまりは、またBroca's area(ブローカ野(や))の欠如から推定される発話や言語理解における障害ということは、発話や言語理解を基本的には文系能力とすれば、アインシュタインの頭脳は文系的頭脳ではなかったということを意味するのだろうか?

 また、アインシュタインの脳における「inferior parietal lobe(下頭頂葉)」の発達ということは、アインシュタインの頭脳は極めて理系的頭脳であったということを意味するのだろうか?

 

 ●そのほかのアインシュタインの脳の特徴:「glial cells(グリア細胞)」の研究

 このほかのアインシュタインの脳の研究としては、カリフォルニア大学のM. C. Diamondによる「glial cells(グリア細胞/(神経)膠細胞)」の研究が知られている。それは次のようなものである。

 「In the 1980s, University of California, Berkeley professor Marian C. Diamond persuaded Thomas Harvey to give her samples of Einstein's brain. She compared the ratio of glial cells in Einstein's brain with that in the preserved brains of 11 men. ……Einstein's brain had more glial cells relative to neurons in all areas studied, but only in the left inferior parietal area was the difference statistically significant. This area is part of the association cortex, regions of the brain responsible for incorporating and synthesizing information from multiple other brain regions.」(「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版2012.4.6引用)

 本研究では、DiamondHarveyから手に入れたアインシュタインの脳の実物切片/標本が使われている。Diamondは、それを彼女の研究室にあった11人の男性の脳と比較して、「glial cells(グリア細胞/(神経)膠細胞)」の比率を比較したのである。

 グリア細胞とは、次のようなものである。

 「グリア細胞 (グリアさいぼう、英: glial cell)は神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)とも呼ばれ、神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称であり、ヒトの脳では細胞数で神経細胞の50倍ほど存在していると見積もられている。……グリア細胞は周辺組織の恒常性を維持するような、比較的静的な役割を演じることでシグナル伝達に貢献すると考えられてきたが、近年になって、多種多様な神経伝達物質の受容体が発現していること、受容体へのリガンド結合を経てグリア細胞自身もイオンを放出するなど、これまで神経細胞のみが担うとされてきたシグナル伝達等の動的な役割も果たしていることが次々に示されてきている。」(「グリア細胞」ウィキペディア2012.4.9引用)

 「For over a century, it was believed that they did not play any role in neurotransmission. That idea is now discredited; they do modulate neurotransmission, although the mechanisms are not yet well understood.……Some glial cells function primarily as the physical support for neurons. Others regulate the internal environment of the brain, especially the fluid surrounding neurons and their synapses, and nutrify neurons. During early embryogenesis glial cells direct the migration of neurons and produce molecules that modify the growth of axons and dendrites. Recent research indicates that glial cells of the hippocampus and cerebellum participate in synaptic transmission, regulate the clearance of neurotransmitters from the synaptic cleft, and release gliotransmitters such as ATP, which modulate synaptic function.」(「Neuroglia」ウィキペディア英語版2012.4.9引用)

 このように、グリア細胞の研究は、まさに現在進行中のものでまだ分からない部分が多いようであるが、神経同様に伝達機能を果たすなど、その機能の重要性が着目されているわけである。

 Diamond自身は、アインシュタインの脳では神経細胞に対するグリア細胞の比率が一般的に高いが「only in the left inferior parietal area was the difference statistically significant」左の下頭頂領域が統計的に意味のある差異を見せていることに注目している。脳のこの領域は、「responsible for incorporating and synthesizing information from multiple other brain regions」、つまり多数の他の脳の領域からの情報を組合せ統合する仕事を受け持っているわけで、Diamondは、その点におけるアインシュタインの脳の優越性を見ようとしているようである。

 ただ、この研究については、研究者自身、その検体比較数の少なさなど研究方法自体の制約を認め、また、他の研究者たちからも比較年齢がアインシュタインと他の検体とで違うことによる脳の構成成分の違いの可能性など、本研究方法についての批判がある(詳細は、「Albert Einstein's brain」ウィキペディア英語版)。

 したがって、これまでに見て来たアインシュタインの「parietal operculum(頭頂弁蓋)」やinferior parietal lobe(下頭頂葉)」における特徴の研究同様、本研究についても、まだ、確定的なことを述べられる段階ではないようである。

 

 8.まとめ

 脳科学についてまったくの素人である私がアインシュタインの脳についての研究で言えるものは何もない。以下のまとめは、あくまでも、単なる素人の個人的感想である。

 

 ●物理的に特異な特徴を示すアインシュタインの脳についての研究は進展中であり、最新の脳科学・認知科学による新たな研究成果を待ちたい

 これまでに見てきたように、アインシュタインの脳には、物理的に顕著な特徴(あるいは(一般と違うという一般的意味において)「奇形性」)があった。それらの物理的特徴が意味するもの、とりわけ、彼の「天才的」と呼ぶにふさわしい知能との関係については、科学的に、まだ結論的なものを言える段階ではないように見える。

 脳科学は、認知科学との関連においても、まさに、今日の科学が取り組んでいる主要な研究の舞台である。脳科学・認知科学の最新の研究水準において、アインシュタインの脳についても、新たにその総合的な研究がおこなわれることを期待し、その報告を待ちたい。

 

 ●アインシュタインの脳が多くを先天的なものに負うのか後天的な形成によるものなのかについての科学的な答はない。しかし、一つの仮説、あるいは信念・信仰として、大切なことは、アインシュタインが先天的にどのような脳を持って生まれたかではなく、彼が、後天的にどのような学習・研究をどのようにし、どのようにして彼の脳を作ったか、どのように脳を使ったかであると考えたい

 脳の先天的な(つまり、生れつきの)要素として脳の重さをあげるなら、それは、知能との関係においては、まったく重要ではないと言うことは、はっきり言えた。

 それ以外の、アインシュタインの、物理的に特徴的/奇形的な脳の構造について、それが先天的なものなのか後天的なものなのかを決するデータはない。永久にないだろう。

 物理的に特徴的/奇形的な脳の構造があったからこそアインシュタインは天才的研究を成し得たのか、アインシュタインが学習・研究に打ち込んだからこそ物理的に特徴的/奇形的な脳が形成されたのかという問題は、アインシュタインがどのような物理的な脳を持って生まれ、それがその後の彼の学習・研究によってどう変形していったかというデータを得られない限り、永遠に解答不能なのである。私たちが持っているのは、アインシュタインの死後に残った彼の脳だけなのである。

 しかし、科学的裏付けのない一種の信念・信仰としては、この問題の答を、それぞれがどう考えようと自由である。

 私は、そのような信念・信仰の立場においては、天才の代名詞と言ってもよいアインシュタインにしても、生れつきの彼の脳が物理的にどうあったかということよりも、彼が後天的に(つまり、その人生で)どのように学習・研究をおこなって彼のその特徴的な脳を作ってきたのか、ということが大切であり、決定的であったというように考えたいように思う。

 そのような立場・信念・信仰に立てば、君でも、あなたでも、アインシュタインのように集中して専門的・効率的に学習すれば、あるいは、第二のアインシュタインとなれるかもしれないのである。そうなってほしいと思うのである。

 名声や金銭のためにというよりも(名声や金銭も、無論、生きてゆく以上、それぞれの生における大切な存在基盤ではあるだろうが、それらが生きることの目的自体になっては、本末転倒なのかもしれない)、誰も知らない未知の科学的知見・創造的世界に「知的・感覚的に遊ぶ」ことこそが、人間がこの世に生まれこの世の生を楽しむ、おそらく最大の喜びの一つとなりえるのだろうから。

 

 ●アインシュタインの創造性の秘密/具体的学習・研究方法

 最後に、アインシュタインの創造性や学習方法について、彼自身の言葉に、そのヒント/秘密を探ってみよう。

 「知性とは、方法や手段に対して鋭い鑑識眼を持っているが、目的や価値に対して盲目である」アルベルト・アインシュタイン」ウィキペディア2012.4.6引用。

 「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことだ」(同上)

 「何かを学ぶのに、自分自身で経験する以上に良い方法はない」(同上)

 「学校で学んだことを、すべてを忘却してもなお残っているもの。それが、教育である」(同上)

 「我々の進もうとする道が正しいかどうか、神は前もって教えてはくれない」(同上)

 「私は、理詰めで考えて新しいことを発見したことはない」(同上)

 「空想は、知識よりも重要である。知識には限界があるが、空想は世界すら包み込む」(同上)

 「調べられるものを、いちいち覚えておく必要などない」(同上)

 「物事は全て、出来る限り単純にすべきだ」(同上)

 「私は天才ではない。ただ、ほかの人より一つの事と長く付き合ってきただけだ」(同上)

 どうであろうか。これらの言葉に、君は/あなたは、どのような人間像、頭脳像、そして、どのような具体的学習方法・研究方法を見るだろうか?また、自分として取り入れられるものはあるだろうか?

 アインシュタインという、人類史上屈指の頭脳の持ち主の、率直で正直な言葉(それはそう信じるしかないことだが、彼の生き方や人生・科学に対する態度を読んでそう思える)である。ぜひ、じっくりとかみしめ、それぞれにおいてよく考え、学べるところは学んでいってほしいと思う。

 <参考>アルベルト・アインシュタイン」(ウィキペディア)

 <参考>Albert Einstein」(ウィキペディア英語版)

 <参考>Albert Einstein」(ウィキペディアドイツ語版。ドイツはアインシュタインの母国であり、ドイツ語は母国語である。ドイツ語版のウィキペディアには、多くの彼の写真もあり、記事も詳細である。ドイツ語が読めなくとも、写真でその人生を視覚的に見てはどうだろう。)

 

       
 

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2012年3月23日 (金)

<日本人塾> 372. 川端康成『古都』を読む: 千重子と苗子

 

全国・全世界の日本人のための

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 京都市 伏見区 中島前山町 108  

(国道1号、ケーズデンキ伏見店より西北徒歩2分 / 地下鉄&近鉄竹田駅より徒歩35分)

 

 
 

川端康成『古都』を読む

 

双子の姉妹

 

千重子と苗子

 

 

   
 

本テキストの精読は、(私塾)日本人塾「日本人」の専用コースでご利用いただけます

 

<参考> 専用コース紹介

 
 

<レベル> 内容的・言語的に、小学校高学年~

 

 

 川端康成(18991972)は、女を描くことに執念を燃やす作家である。「女の名品」を描いた『千羽鶴』(1952年)などはその代表的な作品であろうが、しかし、『伊豆の踊子』(1927年)でも『雪国』(1937年)でも、そして、この『古都』(1962年)でもそれは一貫する。

 <参考>「川端康成」(ウィキペディア)

 <参考>「伊豆の踊子」(ウィキペディア) ●「雪国」(ウィキペディア)

 <参考>「千羽鶴」(ウィキペディア) ●「古都(小説)」(ウィキペディア)

 

 1.『古都』の千重子

 『古都』の主人公千重子は、捨て子である。家の門口(かどぐち)に捨て子されていた生まれたばかりの千重子を、京都の中京の老舗の呉服問屋佐田太吉郎が見つけて拾い、妻のしげと相談して自分の家の実の娘として戸籍は届けてある(『古都』(新潮文庫。1968年)。103104頁)。夫妻に子供はできず、千重子はこの家の一人娘として成長するが、いずれ周囲から耳に入るであろうと、千重子が大きくなるのを待って、千重子には自身が夫婦の実子でないことを知らしてある。

 夫妻は、千重子には、自分が実の親から捨てられた子であるとの悲しい思いをさせまいと、夫妻が「祇園さんの夜桜の下」、つまり、ある春の夜、しだれ桜で有名な祇園の円山公園のその桜の下の腰かけに寝かされていた可愛い赤ちゃんの千重子を拾って盗んできたのだと話しているが、無論、千重子はそれが作り話であることをよく承知している(同上『古都』。5253頁)。

 <参考>「円山公園(京都府)」(ウィキペディア)

 千重子は、本当は、京都の北の奥、北山杉の植林と伐採・材木で生きている村に住む夫婦が生んだ娘であった。その村からさらに奥の実母の里で、双子の姉妹苗子と共に生まれたのだった(同上『古都』。125頁)。しかし、実の母は、双子の姉妹を生むとまもなく亡くなった。実の父も、北山杉の枝打ちをしていて、木から落ちて死んだ(同上『古都』。124頁)。しかし、千重子は、自分が誰であるか、親や兄弟のことについては何もしらない。苗子は、北山杉の村に住み、働き、自分に双子の姉妹がいることを知っている。いつか会いたいと願い、いつも祈っている。

 <参考>「北山杉」(ウィキペディア)

 その二人が祇園祭の夜に出会う。その、美しい場面を読んでみよう。

 

 2.姉妹の出会い: その伏線

 姉妹が初めて出会うのは、京都の夏がその真夏のエネルギーを最高潮に盛り上げ発散する祇園祭の夜である。姉妹は、そこで、劇的な出会いを遂げる。しかし、作品としては、それを突如に出すと唐突となる。川端は、伏線を敷いて、主人公千重子に双子の姉妹がいることを、読者に前もって暗示している。

 五月の葵祭(あおいまつり)も過ぎて青葉・若葉の新緑の候、千重子は友だちの真砂子から高尾のもみじの若葉を見にゆかないかと誘われる。千重子は、高尾までゆくのなら、その先の北山杉を見たいと言う。二人は、京都の北の奥、高尾の神護寺、槙尾(まきのお)の西明寺(さいみょうじ)、栂尾(とがのお)の高山寺(高山寺)を見て、北山杉の村(京都市北区中川北山町)へと出る。

 <参考>「葵祭」(ウィキペディア)

 <参考>高尾(京都市)」(ウィキペディア) ●神護寺」(ウィキペディア)

 <参考>西明寺(京都市)」(ウィキペディア) ●高山寺」(ウィキペディア)

 「清滝川の岸に、急な山が迫って来る。やがて美しい杉林がながめられる。じつに真っ直(す)ぐにそろって立った杉で、人の心こめた手入れが、一目でわかる。銘木の北山丸太は、この村でしか出来ない。/ 三時の休みか、草の下がりをしていたらしい、女達が杉山からおりて来た。/ 真砂子は立ちすくむように、娘の一人を見つめて、/ 『千重子さん、あのひと、よう似てる。千重子さんにそっくりやないの?』」(同上『古都』。92頁)

 しかし、千重子は、自分に双子の姉妹がいるなど夢にも思っていない。単なる他人の空似(そらに)であろうと、取り合わない。それほど大きくなく、また、傾き始めている店だとは言え、京都の中心の中京に店を構える呉服問屋のお嬢さんとして育った千重子である。京都の北の奥、北山杉を植え、育て、切り出す村で生まれ育った山の娘苗子とでは、その世界がまったく違っていた。そんな違った世界に自分の分身である娘苗子がいようとは、千重子にとって夢のまた夢の話であった。

 因みに、この北山杉とそれを産する村について、ウィキペディアは次のように説明している。磨き丸太とは「杉や檜(ひのき)の丸太の皮をはぎ、小砂利や棕櫚(しゆろ)の毛などで磨いたもの。床柱などに用いる」(e大辞林)のことである。

 「磨き丸太として、室町時代から茶室や数寄屋に重用された。特に、京都市街の西北約20kmに位置する北山地方、現在の京都市北区中川を中心とする地域は、北山杉の産地として栄えた。中川地域は隣接する小野庄(現在の京都市北区小野郷)や梅ヶ畑庄(現在の京都市右京区高雄)とともに京都御所に産物を献上する「供御人」としての地位を授かって古来より磨丸太類の生産、販売を行った。」(「北山杉」(ウィキペディア)

 

 3.祇園祭での姉妹の出会い

 そして、京都がその千年をはるかに超える長い歴史を今年もまたその夏に深く刻む祇園祭がやってきた。双子の姉妹、千重子と苗子は、ここで、神のお引き合わせによって、その宵山(よいやま。「本祭の前夜の祭り。特に、京都の祇園祭の宵宮(よみや)をいう」e大辞林)に、初めて、直接に会う。千重子には、それは、まったくの突如のこと、まさに青天の霹靂であった。

 <参考>「祇園祭」(ウィキペディア)

 「七月十七日の山鉾の巡行よりも、京の人は、十六日の宵山に、むしろ情趣(じょうしゅ)を味わうようである。/ その祇園会(ぎおんえ)の日が、近づいて来た。」(同上。119120頁)

 宵山が現代では祇園祭りの実質上のクライマックスになっていることは、ウィキペディアにも次のように説明されている。

 「室町時代以来、祇園祭のクライマックスは山鉾巡行であったが、現在ではいわば『巡行の前夜祭』である宵山に毎年40万人以上の人が集まり盛り上がりを見せるため、祇園祭といえば宵山を先に思い描く人も多い。」(「祇園祭」(ウィキペディア)

 この、祇園祭りの実質上のクライマックスである宵山に、千重子は、例年のように、四条通に面した御旅所(おたびしょ)に御参りする。

 「千重子は『御旅所(おたびしょ)』の前へ行って、蝋燭をもとめ、火をともして、神の前にそなえた。祭りのあいだは、八坂神社の神も、御旅所へ迎えることになっている。御旅所は、新京極を四条へ出たあたりの、南側にある。」(同上『古都』。121頁)

 この御旅所は、その名前もその由来も知らずとも、あそこと聞けば、京都の街を歩き慣れた人には、誰でもすぐ目に浮かぶ所にある。四条通(しじょうどおり)に面して南側にある目立つ場所であり、いつも多くの提灯が上にかかっている。ただ、場所はよく知っていても、そこが八坂神社にゆかりのある地で、祇園祭の間は神様をここでお迎えしているのだとは、私もそうだが、京都生まれでも京都育ちでもない者の知らないところである。川端康成の『古都』は、京都についていろいろなことを教えてくれる。

 <参考>「四条通」(ウィキペディア)

 <参考> ●『古都』に出てくる御旅所の写真: 八坂神社御旅所(祇園御旅所/四条御旅所)」(京都市・京都観光Navi

 因みに、ウィキペディアで見ると、御旅所とは、「神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿)が巡幸の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。巡幸の道中に複数箇所設けられることもある。御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われる。」(「御旅所」ウィキペディア2012.3.17引用)ということで、祇園祭の八坂神社のそれに限らず、各地の神社に設けられているものである。

 また、祇園祭は八坂神社の祭礼であるが、その八坂神社の御旅所は、「古くは『大政所御旅所』と『少将井(しょうしょうのい)御旅所』があり、前者には素戔嗚尊(大政所)と八王子が神幸し、後者には櫛稲田姫命(少将井の宮、少将井天王)が神幸していたが、1591年(天正19年)、豊臣秀吉の命によって四条京極の御旅所に統合された」(「八坂神社」ウィキペディア。)とある。今の四条京極の御旅所は、豊臣秀吉による統合以来、400年以上の歴史を持つわけである。

 <参考>少将井」(ウィキペディア) ●八坂神社大政所御旅所」(京都市・京都観光Navi

 この「御旅所」で、千重子は、「七度まいり」をしている娘を見る。

 「その御旅所で、七度まいりをしているらしい娘を、千重子は見つけた。うしろ姿だが、一目でそうとわかる。七度まいりというのは、御旅所の神前から、いくらか離れて行っては、またもどっておがみ、それを七たびくりかえすのである。そのあいだ、知り人に会っても、口をきいてはいけない。/ 『おや。』千重子はその娘に、見おぼえのある気がした。誘われるように、千重子もその七度まいりをはじめた。」(同上『古都』。121頁。)

 その七度まいりをしていた娘は、千重子はまだその人と気づいてはいないが、北山杉の村ですれ違った娘であった。千重子が、そこで、一緒にいた友人真砂子から『千重子さん、あのひと、よう似てる。千重子さんにそっくりやないの?』と言われた、その娘であった。そして、その娘は、本当は、千重子とは双子の姉妹になる苗子だったのである。

 やがて、苗子と千重子と、二人の七度まいりは済む。苗子は、そこで初めて千重子の存在に気付く。

 「娘は食い入るように、千重子を見つめた。『なに、お祈りやしたの?』と千重子はたずねた。/ 『見といやしたか。』と娘は声をふるわせた。『姉の行方を知りとうて……。あんた、姉さんや。神さまのお引き合せどす。」と、娘の目に涙があふれた。」(同上『古都』。122頁)

 真夏の汗ばむ祇園祭の宵山。祭り見物の人々でごった返す周囲。二人のまわりでは、そのような圧倒的な祭りのエネルギー、千年を超える京都の歴史が燃えたぎっている。そして、夜空の下、四条通に面した御旅所にともされている神秘的なたくさんの蝋燭の火。祇園祭のあのゆったりとした時間を刻むコンチキチンという囃しの音が空間に満ちる。そのような時間と空間の特異点で、まさに神のお引きあわせにより、双子の姉妹である千重子と苗子が初めてそれとして出会う。

 

 4.川端ワールド:姉妹の触れあい (1)

 ―― 夏から秋へ: 北山杉の山の中で

 川端は、『千羽鶴』で、実に官能的な、「女の名品」としての女性を描いた。これが、川端ワールドである。『古都』の千重子と苗子にしても、清純な娘同士であるにもかかわらず、そこには、やはり、一種の官能的な川端的世界が登場する。『千羽鶴』のように、男との関係における官能的世界ではなく、女と女、それも、処女同士である美しい双子の姉妹二人の官能的世界がそれである。

 川端がこの作品を描く、その動機、あるいは、作家としての最大の悦楽は、まさにそのへんにあったのかもしれない。それは、一種の同性愛的姉妹愛の世界と言えるのかもしれないが、そのような世界を描くとき、川端の筆は、益々その冴えを見せる。

 千重子と苗子、二人の双子の姉妹同士の愛ということだが、川端の場合、ここで特徴的なことは、精神的な触れあい・心情を超えて、何らかの肉体的な触れあいが二人の姉妹の絆を強める働きをなしていることである。そのような場面を見てみよう。

 京の夏の夜を彩る盆の送り火である大文字も過ぎてのその翌日、ようやく炎天の夏からこころばかりの秋へと向かおうという時に、千重子は、苗子に会うために、苗子の住む北山杉の村を訪ねる。近くで山仕事をしていた苗子はすぐに千重子を見つけ、さっそく仕事の休みをもらって千重子に駆け寄る。苗子は、喜びと感激の言葉を発する。二人の娘は、心おきなく話をするべく、人のいない北山杉の山の中へとはいってゆく。(同上『古都』。163165頁)

 「二人の娘のいる杉林は、にわかに暗くなった。/ 『夕立どすな。』と、苗子は言った。雨は杉の木末(こずえ)の葉にたまって、大粒のしずくとなって落ちて来た。/ そして、はげしい雷鳴がともなった。/ 『こわい、こわい』と、千重子は青ざめて、苗子の手を握った。/ 『千重子さん、膝を折って、小そうおなりやす。』と、苗子は言うと、千重子の上に重なって、ほとんど完全に、抱きかぶさってくれた。」(同上『古都』。167頁)

 この場面は、一種、母の胎内の世界を思わせる。双子の姉妹が母の狭い胎内で体をよせあい、互いに抱き合い支え合いながら過ごした遠い遥かな日々を思い起こさせるものがある。祇園祭の宵山での千重子と苗子の出会いでは、苗子が千重子を「姉さん」と呼んでいたが、あるいは、実際には、本当は苗子が姉で、母の胎内でも、妹の千重子をかばっていたのかもしれない。

 「雷は二人の頭上を、通り過ぎていくようであった。/ 苗子が身をもって、おおいかぶさっている姿を、千重子ははっきりと感じた。/ いくら夏でも、山のなかの夕立は、手先など、冷たいようだったが、首から足を、おおっていてくれる、苗子のからだの温みが、千重子のからだにひろがり、そして深くしみつたわたっていた。言うに言えぬような、親しいあたたかさである。千重子はしあわせな思いで、しばらくじっとして目を閉じていたが、/ 『苗子さん、ほんまにおおきに。』と、重ねて言った。『お母さんのおなかのなかでも、苗子さんに、こないしてもろてたんやろか。』……」(同上『古都』。169頁)

 母のお腹に守られて、目も開けぬままに二人の双子の姉妹が胎児のままに抱き合って眠っている。何の心配も悩みもなく、外の嵐の世界とは隔絶されて、すやすやと眠っている。もう、二度と戻らない、その遠い異世界の思い出を、この双子の姉妹は、互いへの肉体的接触・感触を通して、かすかに感じ、呼びもどそうとしているかのようだ。

 

 5.川端ワールド:姉妹の触れあい (2)

 ―― 冬の高尾で

 季節は、夏から冬へと移った。千重子は、再び、北山に苗子を訪ねる。祇園祭の夜に、千重子と巡り合った苗子は、千重子を秘かに愛している西陣の職人秀男に、その夜、千重子と間違えられ、その後、その取り違えは秀男も分かったものの、及ばぬものと千重子を諦めた秀男からプロポーズされたのだった。苗子は千重子にそのことを打ち明け、相談するために、千重子に北山まで来てもらったのだった。

 「よろめいた苗子を、千重子は抱いた。/ 日ごと、働いている、苗子のからだは、かたく身がはいっていた。――夏の雷のときは、千重子はおそろしくて、そんなことはわからなかったのであった。/ 苗子は、すぐに、しゃんとなっていたが、千重子に抱かれているのが、うれしいのだろう。もう、いいとは言わなかった。むしろ、千重子にもたれかかるようにして、歩いた。/ 苗子を抱いた千重子が、そのうちに、苗子に多く、よりかかるようになっていた。しかし、二人の娘は、そんなことには、気がつかなかった。」(同上『古都』。240 - 241頁)

 きれいな場面である。夏の突如の激しい雷を伴った夕立のもと、折り重なって抱き合った姉妹の姿に替わって、「もみじの葉は、ことごとく落ちつくして、木末(こずえ)のこまかい小枝に、冬があった」(同上『古都』。239頁)という山奥の里の淋しい道を双子の姉妹が互いにもたれかかりながら歩いている。

 もう、この世には、姉妹の実の父も母もいない。本当の肉親は、この世に、千重子と苗子、この二人の姉妹だけなのである。運命は、二人が一緒に育つことを許さなかったが、いま、二人の姉妹は、二人だけでいられるこのささやかな時間に、この淋しい静かな山里の道に、互いの存在を、もたれかかる肉体を通じて確かめあっている。

 

 6.川端ワールド:姉妹の触れあい (3)

 ―― 冬の中京、千重子の家で

 苗子は、そのあと、千重子に誘われるままに、一度だけ、中京の千重子の家に泊まって千重子と一緒に寝る。

 『古都』の筋のクライマックスは姉妹の祇園祭での出会いということになろうが、川端にすれば、むしろ、この二人の姉妹の同衾(どうきん)を描きたかったのかもしれない。美しい処女の姉妹同士だが、二人にもそれぞれの縁談がある。あるいは、身も心も純真な娘として出会うのは、これが最後になるのかもしれない。千重子と苗子、この双子の姉妹は、その娘時代の最後に、一度だけ、一緒に抱き合って寝る。

 「千重子が夜具を敷きかけると、苗子はあわてて、/ 『千重子さん、一度だけ、千重子さんのお床(とこ)を、取らさしとおくれやす。』/ しかし、二つならべた、苗子の床へ、だまって、もぐってきたのは、千重子であった。/ 「ああ、苗子さん、あたたかい。」/やっぱり、働きがちがうのどっしゃろ。住んでるところと……」/ そして苗子は、千重子を、抱きすくめた。」(同上『古都』。264265頁)

 生まれて初めて、姉妹が一緒に同じ布団で体を寄せ合った。それは、つまのまの、身を寄せ合い抱き合っただけのことであったが、この双子の姉妹にとっては、ようやく、つかんだ、二人だけの真実に暖かな抱き合いであった。

 母の胎内で十カ月も一緒に抱き合っていた双子の姉妹。母の胎内から出た途端に引き離されてそれからこの世に一度も会うこともなかった姉妹が、祇園祭の夜に神様のお引き合わせで巡り合った。そして、ようやく、初めて、あるいは再び、二人の姉妹は抱き合った。

 それは、最初で最後の抱擁となるのかもしれない。苗子は、千重子に迷惑がかからないよう、千重子を育ててくれたこの中京(なかぎょう。京都の中心部)の織物問屋の家には、もう、二度と来ないと決意している。もう二度とはない姉妹の抱擁なのかもしれない。それでも、今は、二人の姉妹は、心からの安らぎに満ちて、抱きあっている。

 

 7.すみれのメタファー

 この『古都』という作品は、次の文章で始まる。

 「もみじの古木の幹に、すみれの花がひらいたのを、千重子は見つけた。/……/ 大きく曲る少し下のあたり、幹に小さいくぼみが二つあるらしく、そのくぼみそれぞれに、すみれが生えているのだ。そして春ごとに花をつけるのだ。千重子がものごころつくころから、この樹上二株のすみれはあった。/ 上のすみれと下のすみれとは、一尺ほど離れている。年ごろになった千重子は、『上のすみれと下のすみれとは、会うことがあるのかしら。おたがいに知っているのかしら。』と思ってみたりする。」(同上『古都』。56頁)

 読者は、このもみじの古木に引きさかれて咲く二株のすみれの花が何に譬えられているのかは、この作品の中ほど、祇園祭の夜に千重子と苗子が出会うまでは分からない。最初に本書を読むときは、可憐なすみれの花に、ただ、「花ぐもりぎみの、やわらかい春の日」(同上『古都』7頁)の美しさと儚(はかな)さをほのかに感じるだけである。

 それから、この作品『古都』を読み終えて、もう一度、この冒頭に戻ってこの文章を読んでみる。そこで、読者は、思う。「ああ、会えてよかったね!」と。

 「こんなところに生れて、生きつづけてゆく……。」(同上『古都』6頁)と、千重子はつぶやく。そのように、千重子と苗子の双子の姉妹は生れ、めぐり合い、これからもそれぞれの人生を生きつづけてゆく。わたくしたち、ひとりひとりが、また、そうであるように。

 

       
 

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2012年2月10日 (金)

<日本人塾> 371. 女の最高の名品: 川端康成『千羽鶴』を読む

 

全国・全世界の日本人のための

(私塾) 日本人塾 「日本人」

 

 京都市 伏見区 中島前山町 108  

(国道1号、ケーズデンキ伏見店より西北徒歩2分 / 地下鉄&近鉄竹田駅より徒歩35分)

 

 
 

川端康成『千羽鶴』を読む

 

女の最高の名品

 

 

   
 

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<参考> 専用コース紹介

 
 

<レベル> 内容的には高校生~。言語的には中学生~

 

 

 川端康成(1899 - 1972)の『千羽鶴』(1949 - 1951)は不思議な作品である。わたくし自身、何十年も書棚にあるがままで、以前に読んだのかもしれないがすっかり忘れていて、偶然に特に読もうという気もなくペラペラと最初の数頁をめくって読むともなしに読んでいて、結局、最後まで読んでしまった。あるいは、読ませられてしまった、と言ったほうがよいのかもしれない。

 最初は、いつもの三角関係の「文学」か、と思ってあまり気乗りもしていなかったし、茶や茶器・茶碗などもまったくの素人のわたくしにはそれらのことで特にこの作品にひかれるということでも無かったのだが、しかし、そんなわたくしに対してもこれを最後まで読ませる「何か」がこの作品にはあったようである。

 <参考>「川端康成」(ウィキペディア) ●「千羽鶴(小説)」(ウィキペディア)

 わたくしを最後まで引っ張って本作品を読ませたそれは、主人公菊治とその今は亡き父における、太田夫人という父の妾であった女性およびその娘の文子とのとの不思議な交渉であり、それを通しての、言ってしまえば、男にとっての理想の女性とは何かといった問いに対する川端的な一つの答である。

 菊治の父はその死にいたる最後まで、茶の席での亡友の妻だった太田夫人に、妾あるいは不倫相手として、執着した。正妻の子である菊治にとっても、太田夫人にとっても、その娘の文子にとっても、菊治の父なき今、それぞれに顔を合わせることは、それがどのような感情であれ、心穏やかではないものがある。しかし、菊治の父と短期間にせよやはり交渉のあったちか子の催す茶会で顔を合わせた菊治と太田夫人は、あろうことか、その帰りに自然な形で男女の中になる。

 「菊治はどうして夫人とかういふことになったのかも、はっきりとは分からない。」(『川端康成集』筑摩書房、1968年、67頁、上段)

 それは、父の妾との関係ということからも、また女の方が菊治の母の世代に属するということからも、本来は醜悪なものであるはずであった。しかし……

 「太田未亡人は少なくとも四十五歳前後のはずで、菊治よりは二十歳近く上なのだろうが、年上といふ感じを菊治に忘れさせた。菊治は年下の女を抱いたやうであった。」(同上、65頁、下段)

 どうも、こういうことは実際に経験してみないととても実感として分かるものではないが、川端康成はともかくそのように書いている。二十歳も上の女性ということは菊治は二十五歳くらいということで、その菊治が自分より年下の女を感じさせられたということは、四十五歳ほどの女性との愛のあとに、二十歳前後か、あるいは、少女のような存在をさえ感じたのかもしれない。

 「菊治ははじめて女を知ったように思ひ、また男を知ったように思った。自分の男の目覚めに驚いた。女がこんなにしなやかな受身であって、ついて来ながら誘ってゆく受身であって、温かい匂ひにむせぶやうな受身であるとは、菊治はこれまで知らなかった。」(同上)

 女の女たるゆえんを知った。真の女を知った。それによって、菊治は男になることができた。そういうことなのであろう。しかし、やがて、菊治は、太田夫人にとって自分がどういう存在なのかに気づく。

 「菊治は素直に別の世界へ誘ひこまれた。別の世界としか思へなかった。そこでは、父と菊治との区別などなささうだった。……夫人は別の世界へはいつてしまふと、死んだ夫、菊治の父、菊治といふやうな区別は感じないかと疑はれた。」(同上、78頁、下段)

 菊治は、自分が一人の男として太田夫人の前にあったのではなく、太田夫人の前夫や菊治の父とその存在が溶け合い一つになる形で太田夫人の前に愛しい男としてあったのである。自身の中に父の存在を感じることは男子にとって決してめずらしいことではない。普遍的現象といってもよいかもしれない。しかし、愛の形において、現実に父の存在を受け継ぎ、父の妾/不倫相手と父がそうであったような形で関係するということは、一般的には背徳であり、不自然なことであろう。しかし、それが、先に見たように、これ以上の自然な形はないかのように進展していった。

 「父が幸福であつたやうにも、菊治は感じた。」(同上、67頁、下段)

 と、夫人との出会っての語らい時に感じていた菊治は、そのあと夫人と自然に愛を交わし、自身もまた、思ってもみなかった幸福/至福な状態にあることを感じる。

 「夢うつつのうちに小鳥のさへづりが聞えた。小鳥の声のなかに目覚めるなど、菊治は初めてのやうな気がした。」(同上)

 太田夫人は、その後、菊治の縁談が決まったというちか子の偽電話を受け衝撃を受け、弱っていた体をおして菊治に会いにくる。

 「気を失ふように、夫人が菊治の膝に倒れて来た。……菊治の腕は幼い子を抱いたように、夫人はやはらかだった。」(同上、78頁、上段)

 菊治による縁談の否定にもかかわらず、太田夫人は、その夜、自殺する。その意図については、登場人物それぞれにおいてさまざまに取りざたされる。そして、夫人の死後、あたかも太田夫人が菊治の父と菊治を同一視して菊治に抱かれた/菊治を抱いたように、菊治は、太田夫人の娘・文子を太田夫人と同一視するかのごとくして抱く。

 「匂ひは強く来た。夏の朝から夕方まで勤めにゐた女の体臭は濃くなってゐた。菊治は文子の匂ひを感じて、やはり太田夫人の匂ひを感じた。太田夫人の抱擁の匂ひであった。」(同上、105頁、下段)

 偶然の接近で思わず、文子(菊治に呼ばれ会社帰りに菊治の家に来ている)にその母との同一性を感じた菊治は、やはり自然に文子を抱くことになる。そして、

 「母の体が微妙に娘の体に移されてゐる。」(同上、110、下段)

 ことを感じる。

 このような複雑な人間関係・男女関係をめぐるこの作品の主題は何であろうか?次の文が、わたくしの注意を引く。

 「名品の形見を見るうちに、菊治はなほ太田夫人が、女の最高の名品であったと感じてくる。名品には汚濁がない。」(同上、107頁、下段)

 名品の茶器・茶碗は何百年もの長きに亘り多くの人の目や手や口で観賞される。そのように、太田夫人は女性としての最高の名品であり、それはその娘文子へと受け継がれてゆく。そのような存在である太田夫人は、何人の男を経てきたとかいうことを超えて、男である菊治の父に心から観賞され、愛される。そして、菊治自身において、また、かつて父の妾としてあった自分より二十も歳上の女性であるといった関係を超えて、こころから観賞され、愛される。その世間的な価値観における背徳的関係にも拘わらず、太田夫人は菊治の父を幸福とし、菊治にまた、一緒にあることの幸福を教えた。

 「三四百年昔の茶碗の姿は健康で、病的な妄想を誘ひはしない。しかし、生命が張りつめてゐて、官能的でさへある。」「自分の父と文子の母とを、二つの茶碗に見ると、菊治は美しい魂の姿をならべたやうに思へる。」(同上、108頁、下段)

 人の一生は短い。何百年もその生命を保つことのある茶道具・茶碗は、人間以上に、それぞれの個性を帯びているとも言える。その文脈において、人の生を茶碗にたとえ、人の一生を観ることもまたこの作品を読んでいて自然に思える。そして、文子は、母の愛用していた志野の茶碗を打ち砕く。

 「もっといい志野がありますもの。」(同上、110頁、上段)

 女性がこの作品を読んでどう感じるのかは知らないが、男にとっては、おそらく、少なくとも「理論的」には、本作品『千羽鶴』に見る、川端美学における「女の最高の名品」という観念について納得できるものがあるのではないだろうか。あるいは、その心の奥底に、それを望むものがあるのではないだろうか。太田夫人や文子のような女性が果たしてこの世にいるのかどうか、また、それぞれの男たちがそれぞれに生きている間にそのような女性と実際に出会い結ばれることがあるのかどうかは別として。

 <参考>志野焼」(ウィキペディア)

 

       
 

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2012年2月 6日 (月)

<日本人塾> 113. 橋本武『銀の匙』国語授業に学ぶ (東京大学・京都大学に合格する頭脳の大量生産は如何にして為されたか?)

<日本人塾> 113. 橋本武『銀の匙』国語授業に学ぶ (東京大学・京都大学に合格する頭脳の大量生産は如何にして為されたか?

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橋本武『銀の匙』国語授業に学ぶ

橋本武『灘校・伝説の国語授業』を読む

東京大学・京都大学に合格する頭脳の大量生産は如何にして為されたか?

 橋本武『灘校・伝説の国語授業 本物の思考力が身につくスロ--ディング』(宝島社、2011年)をもとに考える

 1.東大・京大合格の大量生産を成した橋本武の『銀の匙』国語授業

 如何にして東大・京大合格の頭脳を作るか。それは、世の受験生・親たちの最も知りたい知のノウハウである。しかし、残念ながら、自分たちはそのノウハウを知らない。そのため、名門中学・名門高校・名門受験塾・名門予備校へと子供たちを送りこむ。子供たちは、そこで、難関大学合格に徹底的にシフトした受験対策技術を叩きこまれ、東大・京大合格を目指す。

 だが、私立灘中学校の国語教師(1934年(昭和9年) - 1984年(昭和59年))橋本武(1912 - )が戦後に中高一貫校となった灘校でとった国語教育は、そのような受験技術教育とはまったくの対極にあった。6年間同じクラスの国語を受け持ちその教育方法についてはまったく担当教師に任されるというまことに自由な、しかし、それだけに実績を出さなければその責任を果たせない大任を負わされた橋本武が創造した国語教育方法は、中学の3年間の国語授業については、中勘助(1885 - 1965)の文庫本の『銀の匙』一冊をテキストに、そこからさまざまに「脱線/寄り道」しながらひたすらそれを精読するという前代未聞の教育方法だったのである。

 ところが、そのような、今日の受験技術教育とはまったくの対極にあると言ってよい国語教育を施した橋本のクラスの卒業生の中から、東大合格・京大合格者が輩出していった。ほとんど大量生産といってよい数である。そして、それまで滑り止め校扱いされていた灘校を、東大・京大合格最強校の一つへと変えていった。

 これは、一つの大きな謎/パラドックスである。まったく受験教育はほどこさず、『銀の匙』という、明治の子供の成長を描いただけで特にとりたてて有名な作品でもなく一見内容的にもパッとしないようにも見える作品(1913(大正2)年、1915(大正4)年東京朝日新聞連載)を国語授業の唯一のテキストとしてゆっくりと3年間もかけて読む国語授業をしていて、どうして大学受験最難関の東大・京大合格者が輩出したのか?

 この謎/パラドックスを解くことこそが、今日の、そしてこれからの日本の国語教育のあるべきあり方をめぐる核心的な課題そのものとなるように思える。

 なお、灘中学校における『銀の匙』授業の成立とその後の展開については、伊藤氏貴『奇跡の教室』(小学館、2010年)が、橋本の人生・授業を辿りながら、さらに、今日、東京大学総長など日本のリーダー層となっている多くの卒業生への取材を含め、よくフォローしている。また、卒業生から見たその授業については、橋本のクラスの卒業生の一人である黒岩祐治(現(2012.2.4現在)・神奈川県知事)の灘中 奇跡の国語教室 - 橋本武の超スロー・リーディング』(中央公論新社、2011年)がある。両書とも、上の謎/パラドックスを解くにあたって、本書と共に参考にされて然るべきテキストである。無論、肝心要の中勘助の『銀の匙』(岩波文庫)も必読である。

 <参考>「中勘助」(ウィキペディア) ●「銀の匙」(ウィキペディア)

 <参考>橋本武」(ウィキペディア)

 2.本書『灘校・伝説の国語授業』の構成

 本書、橋本武著『灘校・伝説の国語授業』は、その「奇跡の教室」を作った「伝説の灘校国語教師」橋本武その人が、その独創性に溢れた国語授業の本質・核心・ノウハウについて総括し、豊富な具体例をもってその実際を説得的に説き明かしてくれた初めての本である。受験教育とはもっとも遠いところにありながら東大・京大合格者を輩出・大量生産した謎/パラドックスを解くにあたって、最も参考にされなければならないテキストと言ってよい。

 本書は、まず総論部分があり、そこでまず、なぜ、中勘助の『銀の匙』なのか?なぜ、もっと有名な作品である漱石の『坊っちゃん』などでないのか?という疑問について説得的に説明がなされている。橋本のめざす国語授業を成功させるためには、どのテキストでも良かったのではない。まさに中勘助の『銀の匙』でなければならなかったのである。テキストの選択が如何に大事であるかがよく分かる部分である。

 次に、「スローリーディング」という現代の用語で、橋本の国語教育方法の核心とその効果についてまとめている。

 橋本曰く。スローリーディングのポイントに四つある。1. 寄り道する、2. 追体験する、3. 徹底的に調べる、4. 自分で考える、の四つである(20頁)。それぞれの意味について簡潔明瞭に説明してある(2133頁)。これらは、橋本が拓いた国語教育の奥義として、今日の/今後の日本の国語教育のあるべき方向性・専門技術を論議する上において、また、重要な視点・論点となるものをいくつも含んでいる。

 また、スローリーディングの効果については、八つ挙げられている。1. 語彙が増える、2. 自分で考える力がつく、3. 文章力が向上する、4. 記憶力がアップする、5. 調べる力がつく、6. 言葉に敏感になる、7. 読み解く力が強くなる、8. 好奇心が刺激され学ぶことが楽しくなる、の八つである(3436頁)。それぞれ簡潔に説明されているが、重要な点なので味読されたい。

 そして、以上の総論をベースに、以下、実際に『銀の匙』を例文として、スローリーディングについての上の4つのポイントを、具体的に18項目に分け『銀の匙』に例をとって説明している(44180頁)。

 3.本物の読解力・思考力・表現力を鍛えた授業が東大・京大合格者を大量生産した

 灘校が東大・京大合格最強校の一つとなりえたについては、橋本の国語授業以外にも灘校全体でのさまざまな改革・試みが経営側と教師側の双方においてあり、その総合的な結果としてのものであろうが、しかし、本書を読んで強く感じることは、橋本の独創的な国語授業が、東大・京大に合格できる頭脳、つまりは東大・京大型の頭脳を作るにあたって大きな力となっただろうことは、やはり、疑いえないだろうということである。

 つまり、東大・京大に合格できる頭脳の形成ということは、皮相で表面的な受験技術などではまったく成らず、橋本がその国語授業でおこなったような、一つの優れたテキストの精読・「寄り道」授業を通じての本物の読解力・思考力・表現力の形成・獲得があって初めて成るように思われる。

 橋本が取り上げているテキストは、たしかに薄い文庫本の『銀の匙』一冊である。それも、無理に最後まで終えようなどということはまったく考えていない。そのテキストをベースにして、とことん、読解力・思考力・表現力を鍛えようということなのである。それは、橋本の強調するように、単に国語テキストだけでなく、社会科、さらには数学や物理のテキストなど全学科の読解力にも通じるものとしてある。国語という枠を超えて、人間の知的活動の最も基盤にある知的能力/知的技術の養成を、橋本はめざしていたのである。

 4.橋本武の国語教育の本質はどこにあるのだろう?

 橋本は『銀の匙』授業で何をやっていたのだろうか?

 橋本は、『銀の匙』の読解授業をベースに、日本語の全体、日本文化の全体、知的技術の全体と格闘する技術を生徒たちに教えていたのである。橋本の言う「寄り道」とは、本質的には、そういうことである。

 橋本は、決して、一般の国語授業によく見るように、取り上げているそのテキストの世界から一歩も出ずに、そのテキストの解釈学に終始していたわけではないのである。『銀の匙』の世界に閉じこもっていたわけではないのである。そうではなく、橋本は、それとはまったく逆に、『銀の匙』を足がかり/滑走路として、日本語の全体世界、日本文化の全体世界、知的技術の全体世界と格闘し遥かに高い知的大空へと飛翔するという、途方もない野心的な授業をおこなっていたのである。そのための技術を生徒に実践的・実戦的・試行錯誤的に教えていたのである。

 もとより、日本語の全体、日本文化の全体、知的技術の全体と格闘することは不可能である。しかし、人は、「一を聞いて十を知る」能力を本来的に持っている。「部分」(『銀の匙』というテキスト)の中に「全体」(日本語と日本文化の豊かな全体的世界、知的技術の全体)が含まれている。『銀の匙』という「部分」に集中し、そこから「全体」を獲得する技術を習得すれば、その後は、『銀の匙』という「部分」に限らず、すべからく、いかなる「部分」(たとえば別のあるテキスト)を以てしても、そこから「全体」の知的世界を獲得できるのである。

 本書にあがっている各論としての18項は、そのようなもの/知的方法/知的技術として読まれて、そこで初めて、それぞれの読者における応用が可能となる。それぞれの読者に、豊かな知的生産能力をもたらす。然るに、これを単に、断片的知識の羅列と見、かつ読んでは、そこから得るものは乏しい。それは、本書のような豊かな果実を保証しているテキストを扱う/消化するに当たってまことにもったいないことであり、本書の活用技術を知らないということである。

 長いレビューになったので、これ以上、この18項の詳細について具体的に紹介することは差し控えたいが、ともかく、この18項のスローリーディングの例を通読して感じることは、橋本のオリジナリティ溢れる、また、学ぶべきことの多い多様な着眼点・具体的教育方法である。

 一つだけ、例をあげておこう。『銀の匙』に「私の生れる時には母は殊のほかの難産で……」という部分がある。橋本はここで「難産」という言葉に着目して寄り道をするのである。「自分が生まれたときの様子を、聞いて文章にまとめてみましょう」(4647頁)という作文課題を出すのである。

 恥ずかしさもあって、なかなか自分の生まれたときの様子、たとえば、安産だったのか難産だったのか、お父さん・お母さんは自分が生まれたときにどれだけ喜んでくれたのだろう、などということは、こういう研究・作文課題でも与えられなければ聞きにくい子供が少なくないのではないだろうか?しかし、学校で出された課題とあらば、勇を奮って、お母さん・お父さんにも聞ける。自分は、朝に生まれたのか?深夜に生まれたのか?どんな顔をして、どんな泣き声をたてたのだろう、などについても聞ける。

 そのような聞き取りをもとにした自分の出生についての作文を書くことで、この『銀の匙』の作品世界と自分の世界とが本物の感情をもってつながる。それで、もう、子供たちのこのテキストへの理解力が全然違ってくるのである。

 本書に掲げるこの18のスローリーディングの例/技術には、そんな、橋本の卓越した知的技術が満載されている。ぜひ、流し読みせず、それら技術を熟読し、教師は教師で、生徒・学生は生徒・学生で、それぞれにそれら知的技術を身につけ、応用していってほしい。

 5.みんなが国語を好きになってくれた

 橋本は、別に、東大・京大へ生徒を送りこむことを目標としてその国語授業をおこなったのではない。東大・京大合格者の輩出・大量生産は、あくまでも、あとから結果としてついてきたものにすぎない。

 橋本の多くの教え子たちが東大・京大などの大学に合格してそれぞれの希望と夢を叶えたということは、無論、それとして、橋本にとっても心からのうれしいことだっただろう。しかし、橋本にとっては、おそらく、さらにうれしいことがあった。橋本が灘中学の国語の授業を始める前には国語が好き/嫌いな生徒がそれぞれ5%、どちらでもない生徒が90%だったのが、その3年後、『銀の匙』授業を終える時には、95%の生徒が「国語が好き」と答えてくれたのである(22頁)。

 まさに「好きこそものの上手なれ」である。受け持ちのほとんどの生徒が国語を好きになってくれた時点で、橋本の国語教育の勝利、そして、東大・京大など難関大学合格者の輩出・大量生産は、その方向を決したのである。

 6.橋本武の『銀の匙』授業は誰にでも真似のできるものだろうか?

 橋本は、確かに、その『銀の匙』国語授業で、素晴らしい、驚くべき成果を出した。そこは、疑いのないところである。

 だが、ここで一つ大きな問題・課題がある。橋本の『銀の匙』国語授業の普遍性・応用性についての問題・課題である。このような素晴らしい国語授業は、どこの学校、どの国語教師においても実現可能なものだろうか?そもそも、今日の学校教育制度において、中学の国語授業の三年間を学校教科書も使わず、『銀の匙』のような一つの文学テキストのみを使って授業するようなことが、公立校はもとより、私立校においてさえ許されるものであろうか?

 制度的な問題は置いても(学校で制度的に出来ないのであれば、一般の塾や私塾でそれをおこなうことは可能であるだろう)、橋本のこのように高度な国語授業を他の誰かが真似をして行うことは可能なのであろうか?

 先に挙げた本書を含め三冊の『銀の匙』国語授業関連のテキストを読んでみればよく分かるが、橋本は、ただの国語教師ではないのである。若くして諸橋轍次(1883 - 1982)の『大漢和辞典』の編集作業に加わり、諸橋自身から最高レベルでの学問の本質・方法・技術を叩きこまれている(29頁)。また、『銀の匙』授業のために個々の語彙などについて膨大な時間を費やして調査をおこないそれでも不明な点については作者中勘助に教えを乞うという徹底した『銀の匙』研究をおこなっている。それを実に詳細な研究ノート(37頁に写真)にまとめ、独自に考案した問題を付して各授業で配布している。テキストに駄菓子が出てくればその駄菓子を配り、凧上げが出てくれば美術の時間に凧を作ってもらって一緒に凧上げをする(2728頁)など物語世界を現実世界で追体験させている。さらに、橋本自身が単なる教員の域を超えて、日本古典の研究者としても、本書に紹介(208頁)のあるように、『源氏物語』全訳を完成(灘校ホームページに詳細)させている。

 いわば、灘中学校における橋本の『銀の匙』授業は、大学の研究者になってもおかしくない高い総合的な国語研究能力(現代文・古文・漢文)を有した橋本が、渾身の力をもって『銀の匙』研究をおこなって初めて成ったものなのである。その研究を授業において実践的に実現するにおいても、ただ紋切り型の問題に対する唯一の「正解」を「上から」押し付け暗記させるといった教科書と「虎の巻」のセットに見る一般的な国語教育ではなく、独創的で適切・有効な様々な問題を考案し、そのもとで、生徒にテキストを深く読ませ、多元的・論理的に考えさせ、表現力豊かに書かせて、「下から」生徒それぞれにおける読解力と思考力と表現力を徹底的に育て鍛える授業をおこなったのである。

 つまり、それは、国語教師なら誰でもできるといった程度の授業ではなかったのである。まさに「奇跡の授業」、「奇跡の教室」としてあったわけである。

 しかし、それは、確かに「奇跡の授業」、「奇跡の教室」ではあったにせよ、今日において、また、わたくしたち(教える者/学習支援する者と学ぶ者の双方)が現実に達成すべき課題としてもあるはずである。灘中学における橋本の『銀の匙』授業を単なる歴史の一こま/「伝説」に終わらせることなく、如何にして現代にそれを蘇らせるかを真剣に考え、それぞれの教育/学習支援/独学の場において試行錯誤しながら実現してゆくことが求められている。本書は、そのような今日的課題を考える上において、また、まず最初に参照されるべき基本書である。

 7.松下村塾と適塾に見る、私塾の教育伝統の中で

 冒頭に、橋本武の『銀の匙』国語授業を「前代未聞」だと書いた。確かに、近・現代の学校教育制度の中では前代未聞の授業であっただろう。

 しかし、江戸時代からの日本の教育制度、ことに、私塾(家塾)での教育伝統の中ではどうであろうか?

 伊藤仁斎(1627 - 1705)の古義堂などに見る日本の私塾の伝統、端的に、幕末において尊皇攘夷と欧化の両面から日本を根本から変え近代化による日本の新たな発展を切り拓く逸材を輩出した、私塾の両高峰である松下村塾と適塾においては、まさに、橋本が中堪助の『銀の匙』授業をおこなうはるか1世紀も前に、一つのテキストを徹底して精読するという授業&学習が行われていた。

 吉田松陰(1830 - 1859)はその獄中と出獄後において『孟子』を講義し、『講孟箚記』を著した。また、適塾では塾頭福沢諭吉(1834 - 1901)らによるオランダ語テキストの徹底した輪読がおこなわれ、緒方洪庵(1810 - 1863)の講義もあった。

 <参考>「伊藤仁斎」(ウィキペディア) ●古義堂」(ウィキペディア)

 <参考>吉田松陰」(ウィキペディア) ●松下村塾」(ウィキペディア)

 <参考>緒方洪庵」(ウィキペディア) ●適塾」(ウィキペディア)

 <参考>「福澤諭吉」(ウィキペディア) ●「学校法人慶應義塾」(ウィキペディア)

 橋本の「寄り道」授業は生徒たちに日本語と日本文化の広くて大きな世界や調査・研究など知的技術を駆使して見えてくる新たな世界へと飛翔させるためのものだった。そして、それに遥かに先立ち、吉田松陰は、『孟子』を読み、外国による侵略の危機と政治的混乱のただ中にあった日本を憂え、日本のあるべき将来とそれに至る道を考えていた。松陰は、決して、単なる『孟子』解釈に終始していたわけではない。『孟子』は吉田松陰にとっては、当時の日本の状況を背景としての自らの実践的思考を鍛えるための叩き台以外の何物でもなかった。

 このように江戸時代初期・中期から幕末へと至る日本の私塾の教育伝統を背景としてその文脈のなかに橋本武の『銀の匙』国語教育を置いてみると、橋本の教育は決して前代未聞のものでも道に外れたものでもなく、日本の最良の私塾である古義堂や松下村塾や適塾での教育の流れを受け継ぎ、それを現代の教育環境下においてさらに発展させようとしたものであったことが分かる。橋本の『銀の匙』国語授業は、まさに、日本の教育における正統を受け継いでいたのである。

 今日の学校教育/一般の塾が、橋本の目指した一つの優れたテキストの精読を通じての総合的・全体的な日本語・日本文化・知的技術の獲得のための教育を為しえないのであれば、その使命・責務を負い、果たすのは、今日において、また、松下村塾と適塾の教育伝統(精神と方法)を受け継ぎ発展させようとする私塾(家塾)以外にはない。

 しかし、日本の私塾におけるそのような正統的教育は、伊藤仁斎、吉田松陰、緒方洪庵のような時代のトップクラスの頭脳と人格を得て初めて成ったことも忘れてはならないだろう。それを今日の私塾において実現しようとするにおいて、簡単には成らないこと、また、明白である。教える側/学習支援する側における高いレベルにおける頭脳的・人格的資質がまず必要とされるのである。そして、その実現は、もとより容易ではない。

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2011年12月21日 (水)

<日本人塾> 439. 日本古典コース: 永遠の少女としての紫式部: 清水好子『紫式部』(岩波新書)を読む

 

日本人塾

日本古典コース

 

清水好子『紫式部』(岩波新書)を読む

永遠の少女としての紫式部

 

 <使用するテキスト>

 清水好子『紫式部』(岩波新書)

 岩波書店。1973年。218頁。

 

 <永遠の少女としての紫式部>

 清少納言が枕草子の中で女性の明るくみずみずしい感性を遺憾なく発揮しているのに対し、紫式部は男の貴族も顔負けの本格的知性の女性として孤高の高みにある。清少納言には、知において男の貴族と張り合い自身が少しでも優位に立ったと見れば勝った勝ったと誇らしく書きたてるような可愛らしさがあるが、紫式部は思慮深く、能ある鷹は…の言葉そのままに、漢文に代表される公的知の世界が男の独占とされた時代にあって、賢くも自身の深き知性を隠そうとする。

 それだけなら自身に対して厳しく奥ゆかしい女性ということだが、紫式部のばあいはそこで済まず、清少納言のように自身の知を誇らしく見せびらかすような女性にたいしては我慢がならないところがある。非情かつ徹底的に日記のなかでやっつける。生半可な知ったかぶりの鼻もちならない女で、こんな女の行く末にろくなことはないとあるから、まことにすさまじい。

 「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名(まな)書きちらして侍ほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人にことならんと思ひこのめる人は、かならず見劣りし、行末(ゆくすゑ)うたてのみ侍(はべれ)ば、艶(えん)になりぬる人は、いとすごうすゞろなるおりも、もののあはれにすゝみ、をかしき事も見すぐさぬほどに、をのづから、さるまじくあだなるさまにもなるに侍べし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよく侍らん。」(『岩波新日本古典文学体系24土佐日記……』所収「紫式部日記」309-310頁。「真名」は、漢字のこと。当時は、基本的に、男性貴族の知的支配領域のものであった。「あだなるさま」は軽薄な様子。)

 グウの音も出ないほどに清少納言はやっつけられている。本人が聞いたら真っ青になって言葉も出ない(だろうか?清少納言ならすぐさまそれに倍してやりかえしそうにも思うが、相手が紫式部では蛇に睨まれた蛙かもしれない)。このような文章を読むと、紫式部という女性には、たしかに彼女は鶏群の一鶴なのではあるが、近寄りがたく、震えあがるほどに恐い中年の女性というイメージがどうしてもつきまとう。あっけらかんと単純な陽(よう)の清少納言に対して、洞察力・思考力いずれにおいても当時の男の貴族も現代の我々も到底及ばない陰(いん)の紫式部という構図がある。

 しかし、本当のところは、どうなのであろうか?紫式部という女性、源氏物語という日本文学の最高峰を書いた大作家、の素顔はどのようなものだったのであろうか?何を大切なものとして心にもち、どのような時代をどのように生きていった女性なのであろうか?

 紫式部についての研究を本書にまとめた清水好子は、本書冒頭に、「紫式部、源氏物語の作者といわれるこの女性は、生年月日も実名もわからない。」(本書「序章」1頁)と書く。その人となりを窺う資料については、次のようにある。

 「……式部自身にかんする具体的な資料は少ないが、彼女がどのようなことを感じ、何を考えて生きていたかという点についてなら、紫式部集、紫式部日記がさまざまのことを語ってくれる。また、源氏物語五十四帖も式部の内面を追うに足る一資料である。/なかでも、紫式部集は可能性に充ちた青春時代を記録する点で、同時代の女流には類を見ないものというべきである。彼女自身の手によって配列されたと思われる紫式部集十数首に向き合っていると、娘時代というものが千年の過去も今もほとんど変わらないのではないかと思えてくる。」(「/」は原文では改行。以下同。)(本書「序章」1頁)

 本書の構成は、「序章」、「第一章 娘時代」、「第二章 旅」、「第三書 結婚」、「第四章 宮仕え」、「第五章 源氏物語の執筆」、「終章」となっている。このうち、第五章を除く各章は、主に、紫式部の和歌を集めた紫式部集を軸に論が展開されている。巻末には、紫式部集(189-209頁)と紫式部略年譜(210-214頁)がついている。巻末の略年譜には、本人について判明している分としては決して多くはない出来ごとのほかに、関連事項についてのかなり詳細な記述があり、紫式部をとりまく人々の動きや出来ごとについて可能な限りよく理解のゆく工夫がこらされている。

 紫式部集については、本文でそれぞれの章節内容に従って解説されるほか、巻末に全126首が収められている。両者ともに、歌番号が振ってある。巻末に所収の紫式部集には、次の前言がある。「私は、論を進めるにあたって、紫式部集の排列、構成に意味を認め、それに触れることが多かったので、私の考えを理解していただき、また批判を抑ぐためにも、紫式部集の全貌を読者に紹介することが必要だと感じた。/そこで、テキストに用いた実践女子大本紫式部集を、複製本によって、以下に掲げることにした。」(本書189頁)

 本文に入って更に詳しく見てみよう。本書「第一章 娘時代」の冒頭は、次のように始まる。

 「紫式部は、たぶん源氏物語の執筆が相当進んだか終ったころ、自分の生涯の点検を試みた。歌集の編纂をしたのである。紫式部集と、のちの人から呼ばれている。同時代の、おなじような役割を果すことによって名を残した女性――清少納言、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔たちにも、自纂かどうかの違いはあるが、それぞれ歌集があって、それを『家集(かしゅう)』、古くは『いえのしゅう』と言い、紫式部集は現在わかっているのは一二八首である。……歌数の点ではけっして多いほうではない。」(「……」は中略。)(本書4頁)

 この平安朝最高の知的女性は、夕焼けがきれいに輝く自身の人生のたそがれの時期に、自身の人生の締め括りとして、自身の和歌を精選した。その家集に所収の和歌の数が少ないことは、紫式部が歌を詠むことを苦手としたからでは、無論、ない。彼女が著した源氏物語には、多くの和歌がそれぞれの登場人物に托して詠まれている。捨てるものは捨てて(真のプロだけが、質を重視して贅肉をそぎ落とすことができる!)、厳選に厳選を重ね、自身の人生をその家集において昇華させたのである。そして、それは、内容的にも、他の女性作家の家集とは本質的・決定的に違ったものであった。著者は次のように指摘する。

 「しかし、際立った特色は、紫式部集において、娘時代がある意味を持った、他とは明らかに区切らるべき一時期として意識されていたことである。彼女はそれを結婚前期の恋愛時代として捉えていなかった。たしかに自分の身の上が決らぬ時期ではあるけれども、和泉式部や赤染衛門が恋人との贈答歌をその時代の記念にしたのにたいし、紫式部はそれよりもはるかに多感で多事な青春時代として位置付けている。これは彼女の同時代人はもちろんのこと、前にもなかったことであるし、後にも数少ないことであった。紫式部が大先輩として重んじていた古今集(九〇五年ごろ成立)時代の大歌人伊勢の家集である伊勢集や、それから五十年後、後撰集時代の女流の斎宮御集、中務集、馬内侍集、本院侍従集を見るとよい。彼女たちはみな男に呼びかけているが、紫式部集には女友達が顔を並べ、そのために式部は女学生のように爽やかで、時には少年ぽく見える。」(本書4-5頁)

 当時の人々は男も女も早熟である。幼いうちから、恋の歌の手ほどきを受ける。恋の歌を詠みかけ、返歌し、たわむれる。本人がよく詠めないなら、周りに手伝ってもらってでも恋の歌を詠む。そんな時代にあって、異性である男たちへの春の心・恋の歌よりも、同性の女性たちとの歌のやりとり、心のやりとりをはるかに大切に終生心に留めた女性。それが、紫式部という女性であった。

 そのような彼女の性格・嗜好は、娘時代をとうに過ぎての、宮廷生活におけるその実生活について記した紫式部日記においてさえ顕著である。同僚の女性に恋心に似たような感情をさえ寄せる。それを同性愛と言おうと言うまいと自由であるが、ともかくそこには、かつて日本の女学校で少女たちが他の少女や素敵な女の先生に抱いたような純粋な心/思慕の心が顕著であるとは言えるだろう。そのような、娘時代の澄んだ微妙に揺れ動く心で詠んだ自身の歌を、紫式部はその人生の晩景においてなお大切にし、その家集に、かなりの数、残した。中年に、あるいは、お婆さんになってなお、娘時代の心、少女の心をその心の中にみずみずしく留めていた。

 著者に従って、この紫式部集の最初の歌を読んでみよう。百人一首にも載せる、紫式部の歌としては最も有名な歌である。

 「  早うより、童(わらは)友だちなりし人に、年ごろ経て行きあひたるが、ほのかにて、七月十日のほど、月に競(きほ)ひて帰りにければ

 めぐりあひて見しやそれともわかぬ間(ま)に雲隠れにし夜半(よは)の月かげ   」(本書6頁)

 著者の解説は詳細で、3頁に及ぶ。まず、全体の解説として最初の部分を引用する。

 

 「『ずっと以前から幼友だちだった人に、何年かたって出会ったのが、ほんのすこしだけで、七月十日ごろの月が入るのと争うようにして帰ってしまったので』と、歌を詠むに到った事情が記してある。七月十日は当時でいえば初秋、今の暦なら八月中旬になろう。十日の月は夜半に入る。友だちはもちろん女友だちで、当時の女の人は、姿をみられないように夜になってから外出することがあったらしく、この人も暮れるのを待って出かけて来たのであろう。すぐ辞去している様子から察して、夜も更けて来たのであろうか。歌に『めぐりあひて』とあるのは、一定の周期で()虧(か)けする月にちなんだ修辞で、あるきまった年月を経て再開したことを喩(たと)えている。そこから、相手は四年の期限で、任国に赴く受領(ずりょう)の娘かと思われる。式部の父ものちに越前、越後の国守になり、越前の場合は彼女も同行しているから、この友だちとは同じほどの階層の子供同士で、いかにも友だちになるにふさわしいといえよう。『ほのかにて』とはどういう状況をいうのか。はっきりと顔を見定められなかったのか。」(本書6-7頁)

 この歌を詠んだ頃の紫式部の年齢については、次のように解説されている。

 「『童友だち』といえば、まだ裳着(もぎ)(女の子の成人式。正装して裳を着ける。当時は、普通十二、三歳で行う)を済まさぬうちに別れたのにちがいない。それから四年、こんな歌が詠めるのだから、…(中略)…お互い成人していたと見るべきであろう。少年少女の十二、三歳ごろの成長の速さ、変貌の激しさは、一年逢わなくても見違えるほどであるのに、四年も逢わなかったら、ほとんど別人と見紛(みまご)うばかりである。」(本書8頁)

 この本を通じ、紫式部という女性の、今のわたくしたちにとっても親しみや共感のもてるその素顔と心を知ってほしいように思う。日本を代表する真に偉大な作家、平安女性の知的最高峰、そして、清少納言を激しく批判しやっつける恐い恐いおばさんというイメージの女性としてだけでなく、終生、その心に清らかで純粋で繊細に揺れ動く少女の心と感性を宿していた一人の永遠の少女としても、紫式部という女性を記憶してほしいように思う。源氏物語は、まさにそのような少女の心を顕著にもっていた一人の女性によって書かれた作品なのである。

 どんなに年をとっても、すべての女性の心には、みずみずしい少女の心がそれぞれの心のどこかに大切な宝/記憶として潜み宿っているのではないだろうか。一人一人の女性におけるそのような少女の心を呼び覚ましてくれる、そんな本である。

 〔著者について〕 清水好子(しみず よしこ、1921-2004)。大阪市生まれ。京都大学文学部国文学科卒業。元関西大学教授。国文学者(源氏物語研究者)。(本書奥付を参照。卒年は、ウィキペディアを参照。)

 <参考>紫式部」(ウィキペディア) ●紫式部日記」(ウィキペディア)

 <参考>清水好子」(ウィキペディア)

 

 

       
 

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2011年12月20日 (火)

<日本人塾> 211. 園児向けコース: イギリスの絵本教科書を使った英語学習支援: イギリスの子供たちが学ぶように英語を学ぶ

 

日本人塾

園児向けコース 1

 

イギリスの子供たちが学ぶように英語を学ぶ

イギリスの絵本教科書を使った英語学習支援

 

 1.使用する英語テキスト

 『イギリスの小学校教科書で始める親子で英語絵本リーディング』

 古川 昭夫 , 宮下 いづみ

 

 2.本書の全体的紹介と評価

 本書は、イギリスで英語を学ぶ子供向けの絵本教材から選択して編集したものです。使われている絵は子供たちにとってとても親しみやすいもので、段階的に英語を無理なく学べるようになっています。それぞれの課で独立して別々に登場人物やストーリーが展開されるのではなく、互いに関連しながら展開してゆくようです。その点でも、安心して任せて進むことができます。イギリスでの教材のもともとの出版社は、英語教材や辞書作成で長い伝統とノウハウをもつオックスフォード大学出版です。

 付属のCDも、英語の発音や音質やスピードなど、とてもよく出来ています。

 絵の方でも、注意して見てゆくと、家庭生活や学校での子供たちの様子などにおいて、日本と違うところをいくつも発見できるかもしれません。たとえば、家で子供の誕生日パーティーを開き、その子の友達をたくさん招待する話があります。わたくしは欧米の家庭の様子を知りませんので気がつかなかったのですが、解説に、「欧米では、誕生日パーティーで部屋を風船でいっぱいに飾るのをよく見かけます」(112ページ)とあります。言われてみれば、確かに、絵にある部屋の中には至る所に風船が結び付けられ、子供が風船を持って歩いています。

 また、ママがパパにキスして、パパが幸せそうに、子供たちもそれを見ていてうれしそうにしている絵もあり、その辺は日本の多くの家庭の風景にはそぐわないものかもしれませんが、それも、日本の子供たちにとっての最初のほほえましいカルチャーショックとして、外国の生活・文化の学習となるのではないでしょうか。そんな、日英の違いや同じところの発見の旅、ちょっとしたカルチャーショックの旅を、この絵本を通じてすることも可能かもしれません。

 さらに、この絵本では、車いすに乗った友達が一緒に絵やストーリーに出てきたり、いろんな肌の色の友達や、眼鏡の子を登場させたり、身体的特徴などでも差別のない人間関係を自然に子供たちが構築できるような工夫もこらされています。

 本教材や本書のもととなった教材の使い方や、その他の有用な教材の紹介などの説明も充実しており、おすすめの一書です。

 

 3.英語能力をめぐる企業環境の変化と、英語能力獲得の至難性

 これから世に出る若い方たちには、必要とされる英語のハードルがどんどん高くなるばかりです。最近の新聞記事を見ていても、三井住友銀行が総合職の社員全員にTOEICスコア800以上を求め始めた(2011.2.10朝日電子版)とか、武田薬品工業が20134月採用の新卒からTOEICスコア730以上を義務付けることになった(2011.1.23読売電子版)とか、シャープの研究開発部門が英語公用化の方針を固めた(2010.10.28産経電子版)とか、英語の苦手な方には、目の回るような記事がこのところ頻出しています。

 TOEIC800とかは、つい先日までは、一流企業の国際部門で働く英語専門職に求められていたスコア(おそらく高校の英語の先生の平均スコアは800に達しないと思います。TOEICを実際に受ける方はまだ良いのですが、自信のない方は結果を見るのが恐くまったく受けないでしょうから、受けない方を含めた実際の平均スコアというものは相当に低くなるのかもしれません)なわけで、それを総合職全員に求めるということは、日本企業がいかに厳しい国際競争のただ中にあり、まさにまったなしの人材改革を迫られていることの証にほかならないように思えます。

 しかし、TOEICスコア700とか800とか言われても、普通の大学生や会社員(TOEICを受ける方だけの平均でも、おそらく、共に平均スコアは600以下でしょう。受けない方を含めた本当の平均スコアはそれよりも更にかなり下がるでしょう)には、短時日のうちに達成することはまさに不可能なスコアで、学生にとっても会社員にとっても、まことに頭の痛いことです。

 さて、では、どうしたらよいのでしょうか?

 英語教育の方法については、戦後から数えてももう半世紀以上、いろんな方がいろいろにおっしゃられ、それは、日本人の数だけ多様な意見があるようにも思えるほどなのですが、しかし、なかなか決定的な、誰にでも適用できる方法というものがないように思えます。

 たとえば、会話について言えば、日本の大学(明治学院大学)で英語を教えておられる先生(専攻は英文学)が50歳を過ぎて初めて海外留学(ハーヴァード大学)し、半年たっても「教授と学生たちがくつろいで話しているときなど、ひと言も分からなかったし、いつまでたっても英語で話すのが楽になることはなかった」(大津栄一郎『英語の感覚(上)』(岩波新書)「まえがき」iページ)とか、「周囲を眺めると、日本人は大勢いたが、英語がうまいといえる人はひとりもいなかった」(同上iiページ)とかと、正直に告白されるような状況が依然あるわけです。しかも、「たとえば20歳代に留学していたなら、英語がうまくなれただろうかと自問したが、それでも自信はなかった」(同上iページ)ということですから、これでは、端的に、どうしようもない、ということになってしまいそうです。無論、これらの言葉にはこの英語の先生の自身の英語能力についての謙遜もあるでしょうし、そもそも英会話が出来る出来ないの判断基準が英語の先生のことですからもともとかなり高いのでしょうが、それでも、あえて英語教師としての恥をしのんでもこのようにおっしゃられるについては、やはり、かなりの真実も含まれていることでしょう。

 

 4.子供たちへの望ましい英語学習支援と教材選択の重要性

 今はまだ園児や小学生や中学生である日本の子供たちがこれから生きてゆかなければならない時代や世界は、まさにそのような時代であり、世界です。英語は単なる習い事の域を越えて、実際に世界の人々とコミュニケーションのできる能力が求められて(TOEICスコアは、まさにそのための指標です)いるわけです。

 実際に役に立つ英語を身につけるためには、やはり、英米に赴任する親について子供のころに英語を身につけたり、学生時代に留学したりすることが一番よい方法であるだろうことは間違いないことかと思います。しかし、それらは、どこの家庭でもできるというわけにはゆかないことであることもまた事実です。

 学校でも、実際に使える英語を子供たちに身につけさせる教育を目指して、先生が英語で授業をしたり、ネイティブを採用したりといろいろ新しい基軸を模索しています。しかし、数十名のクラスで、しかも50分授業の短時間で、週に1~数回やった程度では、おそらくは焼け石に水くらいの効果しか期待できないのではないでしょうか。しかも、これまでほとんど英語など話したことのない日本人の英語の先生に英語で授業しろといっても、下手でまちがった発音やおかしな通じない英語の文章を教えられることになってしまいます。それでは、まさに、逆効果です。

 結局は、留学も海外生活も出来ない(経済的条件もチャンスもない)普通の日本人の子供や親にとっては、やはり、よい教材を見つけ、それに相応しい方法で子供たちの英語学習を進めてゆくしかないのではないでしょうか。

 

 5.学習支援教材としての本書

 そのような本物の良い英語教材を見つけることが大切ですが、その点については、この『イギリスの小学校教科書で始める親子で英語絵本リーディング』という教材は、少なくとも、子供たち(園児、小学生、中学生)が最初に英語を習うための教材としては、なかなかに優れたものと言えます。

 本教材には、絵本と、それに対応したCDが付いています。まず、その絵本を見ながら、この30分ほどのCDを聞いてみましょう。

 本絵本では、12ページに1枚の絵に対応する文章が下についています。最初は単語で、あとのほうでは少しレベルがあがって短い単文になりますので英語自体の分量は全体でも多くはありません。CDもゆっくりと発音し、本文は繰り返して2回読みます。英語が苦手な方でも、なんとか、ついてゆけるスピードかと思います。また、2回目の発音は、擬音が入ったりリズムを入れたりして、より臨場感あるものとなっています。各課の終わりには、本文に出ていない単語も含めて関連の単語が10語程度付いています。

 

 6.絵本の特性を活かしての聴き取り : 状況(シチュエーション)の大事なこと

 CDの聴き取りにあたっては、出来るだけ、下に書いてある文字を見ずに、絵だけを見て、聴き取りましょう。毎回の聴き取りにあたっては、少なくとも最初は文字を見ずに絵だけを見て聴き取ります。そのあとで、聴き取りに自信がなかったり、意味理解とよく結びつかなかった場合などには、確認のため文章を見ることはさしつかえありません。その場合でも、最初に聴き取れなければ、絵を見ながらさらに数回聴き取りにチャレンジして、それでも駄目なら文章を見るというように、できるだけ根気よくチャレンジしましょう。そのようにトレーニングすることで、聴覚を鍛えることができます。

 これを、最初から文字を見て、文字の確認として聴き取りをしていては、せっかくの優れた語学教材の効果を自分でつぶすことになります。まず、それぞれの絵にある状況(シチュエーション)に自分を置いて、その状況に即して聴き取るのです。実際の場面では、文字で書かれた文章を先に見せてくれてそれからその文章を発音してくれる人など一人もいないのですから、くれぐれも、文字で書かれた文章を先に見ないでください。

 といって、英語を初めて習う子供たちにはCDが何を言っているか分からないわけですから、そこは、やはり、親御さんなりプロのトレーナーなりが、意味理解を日本語でサポートしてあげる必要があります。子供たちは、この絵本を通じ、まず、絵で、イギリスで子供たちが生活する場面へと直接に入ります。その場面に身を置いて、そこで、CDの音が聞こえてくるのです。文字が先ではありません。まず、状況に身を置き、聞こえてきたその音を生理的・肉体的に感覚し、つかまえ、場面の状況へと結びつけ、意味を直感的に理解するのです。

 書物・書かれた文字の呪縛から解き放たれ、音的言語の世界で自由に遊べる能力、置かれた個別・具体的な現実的状況から相手の言っていることを直感的・野性的に感覚・把握し、そこでの音的コミュニケーション世界に参加できる能力の育成が必要なのです。

 

 7.絵本教材の優れていること & 使い方の大切なこと

 語学教材としての絵本の優れている所は、絵に示された状況とCDの発話を直接に結び付ける形で聴き取りができることです。文章テキストとCDだけでセットになった語学教材では、そのような臨場感ある聴き取りトレーニングができず、聴き取れなければ文書を見て確認するしかありませんから、その点で、絵本語学教材には劣ります。

 絵本語学教材は、ほとんど、幼児・子供用のものくらいしかないと思いますが、本当は、初級用、中級用、上級用の語学教材にも、この、絵を使ってのトレーニング方法、つまり、具体的状況(シチュエーション)に自分を置きながらの臨場感ある聴き取りトレーニング(また、末尾で触れますが、発話トレーニングについてもそう言えます)を徹底しておこなうことが大切であり、効果があると言えます。写真などでもよいのですが、それよりは、絵(また、図など)の方が写真では全部写してしまう余計な要素を省き、教材目的に合うようデフォルメし、絵の作者によっていくらでもオリジナルな情感や美的センスなどの付加価値を付け加えることができますので、一般的には、やはり、写真教材よりも絵本教材の方がはるかに語学効果は大きいかと思います。

 人間の言語獲得においては、状況(シチュエーション)が中心的な役割を担っています。したがって、語学教材の選定においても、いかに実用的な状況を、あるいは、子供たち向けなら子供たちが興味を持てるような状況を、臨場感あふれる形で、あるいは、美的に満足できるような形等々で、それぞれの教材が豊富に提供し得ているのかが重要な判断材料となります。そのような判断基準において、本書は、また、本書のもととなったイギリスのORT(後出)は、大変に優れていると評価されるように思います。

 

 8.本書のCDについて。また、TOEIC対策

 このCDの発音を聴いていますと、TOEIC対策の入門書としても使える、そんな印象を受けます。おそらく、本CDの発音をきちんとすべて聴き分けられれば、英語の聞き取りの基礎はかなり固まってくるように思えます。つまり、園児・小学生・中学生の段階から、本CDを通じ、TOEICのリスニング対策をしているような学習ができるのではないでしょうか。

 実際のところ、子供向けの教材だから100%簡単に聞き取れるだろう!と高を括って絵本を見ながら聞いてゆきますと、あれっ、今の何だったかな?などと、時々、聞き取れないことがありそうです。ことに、子音で終わっている単語の場合や、前置詞を小さく早く読むような場合や、似たような母音や、日本人にとってほとんど絶望的な r  l の聞取りなどでやはり引っかかりそうです。

 たとえば、なかほどの課で、「主語+gota+~」という形の文章が続きますが、”cat”、”top”、”cap”、”pot”、”mop”……と「~」に入る語が続きます。絵をみながらですから何とか聞き取れますが、TOEICの本番のようにリスニングだけの場合に、こうした語の発音の違いをきちんと聞き取り、それらの文章が何を指しているのか正しく答えられるかと言うと、あまり自信の持てないところではないでしょうか。

 

 9.ORT : Oxford Reading Treeについて

 本書のもとになっているのは、イギリスの”Oxford Reading Tree”(略してORT)という体系的に段階を追って進む教材で、もともと、自国の園児や小学生向けのものです。外国人、ことに日本人の子供向けのものとして作られた教材ではありませんが、逆にそれが、ともすると日本人編集の英語教材にある日本くささや、英米出版のものでも外国人の第二外国語学習用に作られた、手加減したようなおもちゃの世界のような教材と違って、まるで外国(この場合はイギリス)で生活しているような臨場感を出すことに成功しているように感じます。日本にいて外国の生活を実体験することはできませんが、この教材を使うことで、それに近い言語体験をすることは、学習支援の方法を工夫しさえすれば、不可能ではないように思えます。

 もともとのORTではレベル(「ステージ」という言葉が使われています)が9段階(「プラス」のレベルを入れると12段階のようです)に分かれているようですが、本書は、そのうちの最初の2レベル(プラスのレベルも数えると3レベル)から収録しています。本書の使い方や、本書を一応終えて、さらに次の段階に進む場合の教材についても丁寧に説明されています。

 本書の著者である古川・宮下さんには、(わたくしはまだ見ていませんが、)先に、『イギリスの小学校教科書で楽しく英語を学ぶ』(20073月)という教材もあり、そこでは、1ステージから7ステージまでのレベルのORTから選んだ教材を使っているようです。また、『続・イギリスの小学校教科書で楽しく英語を学ぶ(社会・理科編)』(こちらは、イギリスのInfo Trailという教材から)という教材も出版されていますので、本書とあわせて使うことができます。

 本書のもととなったORT9段階の全レベルで使えば一番しっかりと体系的に学べ、子供にも教えることができます。ただ、ORTを全部揃えようとすると、これは、本サイトの洋書検索で見る限りでは、かなりの出費(数万円程度でしょうか)になりそうです。ページが少ないので、「高いな~」という感じがないでもありません。

 ORTの有効性は本書をサンプルとして確認できますが、全部揃えるとそのようにかなり高価になるようですので、実際に購入する場合には、やはり、今度は、本物のORTでサンプルをとり、CD付きかどうかもきちんと確かめて、慎重に判断する必要があるでしょう。本書の解説(170ページ)によるとCD付きのパック(6冊一組)とCD無しのパック(同前)があるようですが、本書のCDを聴いてみた限りでは、もし、これと同じ質のものが本物のCRTにも付くのであれば、これは、断然、CD付きの方をおすすめします。それほどに、本教材において、少なくとも日本人にとっては、CDは、決定的役割を果たしています。

 

 10.言語によって人の脳・聴覚器官の違うこと & プロのトレーナーの支援の必要性について

 単に、本テキストを見て、その文章を覚えさせるだけであれば、そんなに時間はかからないかと思います。しかし、一番大切なことは、そこのところではなく、英語と日本語の音韻の違いを正しく聴き分け、自分でも正しく発音できる能力を獲得させることです。これは言うは易く、まことに至難なことです。少なくとも大人にとっては、何年あるいは何十年もの長い時間を要する脳&聴覚器官のハード的大改造工事を要します。

 子供の頃に、日本人の脳&聴覚器官は「あいうえお、かきくけこ…」の五十音の音韻系(つまり、特定の子音+母音のセット)で音をパターン化して聴き取るように作られてしまっており、それは、自分の意思や本からの学習で直るというものではまったくないからです。まさに、肉体的・生理的なものなのです。たとえば、英語や韓国語のような末尾が子音で終わり母音が入らない語の場合にも日本人は母音を入れて聴き取り、また、発音しますし、英語のアクセントや、中国語の声調や、中国語や韓国語の有気/無気の音の聴き分けも、トレーニングを積まない限りは、まず出来ません。個人的能力や努力の問題ではなく、日本人の聴覚器官として不可能なのです。

 (外国で外国の子供たちと常時遊んで生活する場合は日本人の子供でも幼児段階では英語の聴覚的音韻システムが植えつけられるようですが、日本で、日本人の聴覚的音韻システムが固まる前の幼児段階から英語CDを聴かせ、真似して発音させた場合はどうなのでしょう?あるいは、さらに、アメリカのTV番組を毎日見せていたらどうなのでしょう?量と質の問題でしょうか?わたくしは、実験したことがないのでよく分かりません。日本人のママとパパが日本人英語の発音でいくら幼児に英語で話しかけてもそれではやはり本来の英語の正しい音韻は植えつけられないとは思いますが。)

 では、そういったそれぞれの言語の音韻システムによって大きく違う身体器官的な聴覚能力を獲得するにはどうしたらよいのでしょう?

 言語的才能の極めて乏しいわたくし自身の体験であまり参考にならないことを言えば、レベルの高い難しい文章をたくさん聴くトレーニング(たとえば、インターネットで英語ニュースやアメリカの大学の講義を聴くトレーニング)を長くしても、おそらく、英語の正しい音韻システムはきちんとはマスターできないのではないかと思います。したがって、また、いつまでたってもなかなか英語が聴き取れない状態が続くのではないかと思います。一般的には、決して、効率の良い方法とは言えないのではないでしょうか?

 そうではなく、本書のような、基礎的文章や単語のテキストで、本書程度のスピードと発音の明晰さをもつCDを使い、それを何度も何度も繰り返し聴ききちんと正確に聴き分け且つ発音できるようにトレーニングすることが極めて大切であり、決定的役割を果たすように思えます。

 しかし、そのようなトレーニングにあたっては、学習者本人が、自分の発音は合格点なのかどうなのか判断できないことが多いかと思います。そのため、本教材だけではなく、やはり、その判定を可能とし、学習者の身体的・物理的な聴覚・発音能力を高めることを支援するプロのトレーナーが必要となってきます。無論、お子さまの親御さまが英語がお出来になり、お子さまのトレーナーの役をつとめることができるのであれば、それで十分ですし、それに越したことはありません。

 いずれにせよ、そのようなトレーナーを欠く場合には、やはり、それぞれの学習者の能力的限界から、いくら教材がよくとも、独りよがりの学習となってしまい、十分な効果が上がらなかったり、あるいは、歪んだかたち(たとえば日本人独特の発音)で英語を身につけたりすることになる危険性が多分にあります。

 

 11.イギリス英語で大丈夫

 本書で採用していると思われるイギリス英語式の発音(わたくしは耳にあまり自信がなく、どこがイギリス式でどこがアメリカ式なのかよく区別できないのですが)については、TOEICとの関係で言えば、アメリカ英語の発音でないからといって心配する必要はないようです。TOEICの公式サイトを見ますと、「様々な国と地域で英語が使われている現状を考慮して、米国・英国・カナダ・オーストラリア(ニュージーランドを含む)という、英語を公用語としている国々の4つの発音を導入しましたが、その国の歴史や文化に関連する固有の事象が分からなければ解答できない問題は含まれていません。TOEICテストは国際的な英語能力テストであり、受験者は様々な種類の英語を話す人々とコミュニケーションする必要があると位置づけ、一般の場面、または国際的な職場環境における『標準英語』をテストに反映させています」とあります。イギリス英語の発音の他に、アメリカ英語やカナダ英語やオーストリア英語の発音にも慣れる必要はあるでしょうが、それは、アメリカ英語の発音を学んだ場合も同様に他地域の英語の発音に慣れる必要があるわけですから、同じ条件です。

 

 12.自分を主張するための道具としての英語 & 発信をベースとした英語学習

 先に英会話ができないと自任された大学の英語の先生の話にもってゆきますと、その先生は、むろん、それで引っ込んでしまったわけではなく、次のように提言されています。

 「われわれ日本人にとって外国語は外国からなにかを学ぶためのものだった。だが、第二外国語として英語を『利用する』ということは、英語を自分のために利用するということである。つまり、どんな下手な英語ででも、また文法的にどんなにおかしくても、自分が圧し潰されないために、あるいは自分が無視されないために、英語を使って自分を主張しようという姿勢がそこにはある。アメリカの移民にとって英語は相手の言いぶんを聞くためのものではなく、自分を主張するための道具なのである。」(大津『英語の感覚(上)』(岩波新書)「まえがき」ivページ)

 この議論は英語の効用面からのものですが、英語学習方法の議論として見た場合にも、正鵠(せいこく)を射(い)ています。長くなりますので詳細は略しますが、英語(また、一般に外国語)学習の最も基本的態度・姿勢として、それが受信ベースのものなのか発信ベースのものなのかで、英語(また、一般に外国語)の習得の程度も範囲も、現実に大きく違ってくるのです。日本の伝統的な英語(また、一般に外国語)の教育方法は、受信をベースとしたものであったと評価せざるを得ない面が多いかと思いますが、それでは、真の外国語人材も、創造性・オリジナリティーに溢れた知的人材も育ちにくいのです。全体において、また、常時に、発信をベースとした英語(また、一般に外国語)の学習が必要であり、そのような形での学習支援、あるいは教育が必要なのです。

 日本人はなんと言っても礼節の民であり謙譲を美徳とする民でもありますのでなかなか相手の言い分に負けないようごり押しでもなんでも自分を主張するということは得手とはしませんが、しかし、郷に入れば郷に従え、ということもあります。BBCの討論でもFrance 24(フランスの海外向けニュース放送。英語、フランス語、各、インターネットで無料視聴可)の討論でも、まことに相手の言っていることなどほとんど無頓着にまた発言の時間や機会を決して相手に譲り渡そうともせずに(つまり発言の機会も時間もそれぞれが自分で相手から奪いとらなければならないのです)自分の主張を滔々とまくしたてることが少なくありませんから(日本でも政治家の討論ではそういう場面もめずらしくないでしょうか?)、確かに、そのような世界では、英語自体というより、相手の言うことをしっかりと聞くだけでなく、自己主張をもきちんとするというコミュニケーション態度を身につけなければならないでしょう。

 そのような視点から本教材を見てみますと、いわばイギリスの子供たち(や大人)が作るコミュニケーション世界(相手の話を聞き、こちらの主張もきちんとするコミュニケーション世界)に同化し、英語を話すのだなどとわざわざ身構えて緊張せずとも自然に英語を話せるようになる、そんな契機となりえる材料を提供し得ているように思えます。(但し、その契機を実際の効果に変え、本教材やそのもととなったORT100%その本来の作用を果たさせるためには、先にも述べましたように、誰がその役を担うにせよ、きちんとしたプロのトレーナーの存在が必要となってきます。)

 

 13.大人にとっても有益な教材です

 本教材は、主要には、英語を初めて学ぶ子供たちのためのものですが、しかし、実際には、英語の苦手な大人の日本人や、本人は英語が得意に思っていても、発音でも文章でもいかにも日本人の英語の域からいつまでも抜け出せない日本人の大人にとっても有益な教材となっています。このことは見逃されがちなことですが、本当のことです。

 これまでに述べてきたように、TOEICのリスニング対策でもやたら難しい材料ばかり使っている人がいると思いますが、基礎がしっかりできていないと、なかなか効果が上がらず時間とお金(さまざまな教材費)ばかりを浪費することになります。リスニングの場合は、基礎が極めて重要なのです。本書のような基礎教材で基礎のリスニング力をきちんと固めてあるのかないのかで、その応用範囲及び聞き取りの深度は大いに違ってきます。

 また、会話トレーニングにおいても、本書のレベルでイギリスの生活や感情やコミュニケーション態度や基礎表現をきちんとマスターしてあるかどうかで、会話的応用能力は顕著に違ってきます。

 急がば回れの言葉通り、英語の苦手な大人も、自分のひとりよがりで英語を得意と思っている大人も、本書、そして、ORT本体でもう一度基礎の基礎、初歩の初歩からきちんと英語を学び直してみてはいかがでしょうか。そこから得るものには極めて大きなものがあるように思います。

 

 14.トレーナーがいればこんな応用的使い方もできます: 絵ごとのシチュエーション世界に英語で遊ぶ

 本教材は、各絵の下にある英語のリーディング教材として位置付けられていますが、適切なトレーナーがいれば、さらに、大きな能力的可能性を開発することが可能です。ぜひ、そのような使い方をしてせっかくのこの素晴らしい教材をフルに活用していただきたいと思います。

 つまり、この絵本の各絵には、イギリスの子供たちが日常生活をしてゆく、その現実的で具体的なシチュエーションが描かれています。これを、リーディング教材として下に書かれている短い文や単語だけで、本来、それぞれの絵が蔵している豊かな言語環境を使い切ってしまうには、まことにもったいないように思います。

 ぜひ、それぞれの絵(具体的シチュエーション)を使って、日本の子供たち(あるいは英語を学ぶ日本の大人)がそれぞれの絵(イギリスの具体的な生活場面)に入り、そこで、(1). 各登場人物になっての自由会話と、(2). 絵にあらわされている状況の観察とその文章的描写をおこなうトレーニングに挑戦してみてください。

 たとえば、どの絵でもよいのですが、本書の55ページを開きますと、足を怪我したパパが病院に入院してママと3人の子供が見舞いにやってくる絵があります。一人の子供が看護士さんに葡萄を見せています。この絵のリーディングとしては、下に、”This is for Dad.”とあります。

 この絵の使い方としては、”This is for Dad.”という文を聴き取らせ覚えさせるだけではもったいないのです。これにさらに、この場面に即していろいろな会話を自由に工夫してみましょう。ママからパパへの言葉なら「ハーイ、あなた大丈夫?」とか、パパからママなら「ああ、大丈夫だよ、見てのとおりだよ」とか、あと、2人の子供同士、また、看護婦さんから葡萄を持った子供への返事なども工夫可能です。また、描写文なら、「この病室には青いカーテンが病人ベッドの仕切りのためにかかっています。今は、開けられていて、病室は明るいです」とか、「となりのベッドには、眼鏡をかけたおじいさんが寝ています」とか、「ママは、ブロンド(金髪)で、黄色のスーツを着て、イアリングをしています。パパに手を振っています」などの観察・描写文をいくつも作文できるでしょう。

 このようなトレーニングは、ある程度の英語力のある方であればお一人でもできるでしょうし、親御さんに英語力があればお子さんのトレーニングのトレーナーの役をつとめることができるでしょう。また、そのいずれでもない場合には、プロのトレーナーを頼むことも可能でしょう。プロのトレーナーに頼む場合は、自由作文ですので、やはり、ネイティブの方が望ましいかと思います。日本人のトレーナーでも文自体は簡単なものですみますので可能と思いますが、英語の発音については、この教材についているCDに近い、きれいな正しい英語を発音できる方を選ばれるようにされてはいかがでしょうか。

 そのようなトレーニングを積むことで多くの場面を疑似体験し、単にテキストに書かれてある文を覚えるだけでなく、さらに、その場面に相応しい会話や客観的描写を自由自在に創造し駆使できる能力を身につけさせることを目指します。海外生活や海外留学はどこの家庭でも、また誰でもできることではありませんが、そのような海外生活のシチュエーションを使っての自由トレーニングなら、本教材を使い、それぞれに学校や会社に通いながら無理なく可能です。また、TOEIC対策ということでも、この方式で無理なくゆっくりとレベルをあげてゆくことで、一番自然な形で高スコアを獲得できるようになるのではないかと思います。

 

 15.教材選択と使い方の工夫

 これまでに見てきたように、教材は教材として如何に優れていても、(人間同様、)それを使う側が使いかたを誤れば、その本来の能力を発揮できません。使い方の工夫が、教材選択と同様に、あるいは、それ以上に、大切なのです。

 本書を含め教材は、一般的に、それ自体として多様な使い方を許容するようにできています。それぞれの教材(ハードウェア)をどのように使うかは、まさに使う側の設計・選択(ソフトウェア)に委ねられています。良い教材だからということで購入し、子供たちにそれを与えただけでは、多くの場合、教材は、生きてきません。物としてとどまっているだけです。使い方によって、教材は(、また、人間は)、生きてもきますし、その本来の能力を発揮できないままに終ってしまうことともなるのです。

 本教材を使うお子さまの様子をよく観察しながら、どうしたらより効果的にお子さまの学習をサポートできるのか、あるいは、大人の方なら、ご本人の英語力を向上させることができるのか、ぜひ、創意工夫し、試行してみてください。わたくしが、わたくし自身の経験に基づきこれまで提案してきたことは、そういった工夫のほんの一例に過ぎません。これ以外にも、本書を活かすもっと優れた使い方、学習支援の方法がきっとあるはずです。それらを実現し、そして、TOEIC800以上という高スコアが一般的に要求されるようなこれからの日本に、そして世界に、真に有用な人材としてお子さまが、そしてあなたご自身が成長なされますよう。

 

       
 

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<日本人塾> 125. 次代の日本人像とその育成 5: 暗記型でなく思考型の日本人を育てる

 

日本人塾

次代の日本人像とその育成 5

 

暗記型でなく思考型の

日本人を育てる

 

 どのような日本人を育てるのか?いろんな捉え方がある。ここでは、要領悪くコツコツと考える「頭の悪い」日本人を育てるという視点から考えてみる。

 

 1.頭の悪い日本人を育てる

 科学者で随筆家の寺田寅彦(てらだ とらひこ、1878-1935)に「科学者とあたま」(1933)という文章がある。そこで、頭のよい人と悪い人を比較している。

 「 頭のよい人は、あまりに多く頭の力を過信する恐れがある。その結果として、自然がわれわれに表示する現象が自分の頭で考えたことと一致しない場合に、「自然のほうが間違っている」かのように考える恐れがある。まさかそれほどでなくても、そういったような傾向になる恐れがある。これでは自然科学は自然の科学でなくなる。一方でまた自分の思ったような結果が出たときに、それが実は思ったとは別の原因のために生じた偶然の結果でありはしないかという可能性を吟味するというだいじな仕事を忘れる恐れがある。」

 「頭の悪い人は、頭のいい人が考えて、はじめからだめにきまっているような試みを、一生懸命につづけている。やっと、それがだめとわかるころには、しかしたいてい何かしらだめでない他のものの糸口を取り上げている。そうしてそれは、そのはじめからだめな試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。自然は書卓の前で手をつかねて空中に絵を描いている人からは逃げ出して、自然のまん中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉(とびら)を開いて見せるからである。」(青空文庫より)

 頭も要領も良い人には本当の問題はつかまえられないこともある、という警鐘であろう。では、寺田の言う頭の悪い、ある意味では本物の人材/日本人をどうやって作るのか?

 

 2.考える人材を育てる学習支援と学習支援ツール(教材)

 寺田の言う意味での「頭の悪い」ある意味で本物の人材は、偉い人の言うことを丸呑みに覚え、その効率を競うような教育からは生まれにくいのではないだろうか?自分でコツコツと地道に(安直な入門書・概説書ではなく)古典テキスト(つまり本物のテキスト)を読みそれをもとにいろんな問題を解いてゆく中からしか生まれないのではないだろうか?

 そのような視点から現在の学校教育がどのような方向性を向いているかと言うに、これは、やはり「頭の良い」つまりは要領の良い日本人・受験秀才を作る方向にあって、寺田の言う「頭の悪い」日本人を育てる方向には向いていないと言うべきであろう。

 当塾では、寺田の言う「頭の良い/悪い」という範疇で言えば、「頭の悪い」人材を育てる学習支援(普通の言葉で教育)にその基本方向がある。また、具体的に、そのためのテキスト/学習支援ツール/教材を提供してゆきたいと思っている。

 

 3.三種類のテキスト: 原テキスト/解説/問題

 テキスト(学習支援/教育の場で言えば学習支援ツール/教材)を書くと言うことは文書による歴史の始まる大昔から主に三つの側面でなされてきた。一つは、文学でも歴史でも科学でもよいが、原テキスト(文学なら小説なりの作品)を書くことで、次にその/それら原テキストに論文なり注釈なり翻訳なりの形で原テキストに対する二次テキストを書くこと、そして、数学や物理などでことに顕著であるが、応用問題を書くことである。

 当塾日本人塾で作ろうとしているテキストは、基本的には、この第三の形式である問題によるテキスト作成を目指している。それを数学や物理ではなく、主に文学などの基本古典テキストに対しておこなおうとしている。これは、おそらく、これまであまりない試みかと思う。

 

 4.考え・表現することを支援するテキストを作る

 注釈や論文の場合は、学者による自身の解釈が書かれる。自説が展開される。それは、つまりは、その学者による作品解釈の解答である。そのようなテキストを読むことで読者に求められるのは、考えることというよりも、学者の説(多くの場合、正解と仮定されるいるそれ)を覚えることである。

 これに対して、問題形式のテキストでは、解答/正解は示されない。読者に求められるのは、学者による解釈/正解を覚えることではなく、自分の頭で考えることである。

 

 5.正解が多数ある世界/正解のない世界

 また、数学や物理の問題作成と、文学などのテキストに対する問題作成とでは基本的な性格が違っている。前者には一つの正解があるが、後者には正解がいくつもある。つまりは、多くの場合、唯一絶対の正解というものはない。

 そのような知的世界で大切なことは古典に見える偉大な作家の文をよく理解すること、そして、それを梃子(てこ)として自分のオリジナルな考えや表現を磨くことである。論理や表現力を磨くことである。

 

 6.論文偏重の学者世界

 学者・研究者の世界は、論文がすべてである。それで学者・研究者としての業績が評価される。それは新発見を旨とする自然科学の場合は分かる。しかし、人文科学や社会科学の世界で、それだけというのはどうか?

 たとえば文学の論文を書くと言うことはどういう意味をもつのか?それには、考証と独自な新規の意味付け/解釈との両方向に分かれる傾向があるように思う。そういった論文の意味を否定するというわけではないが、それと同時に、論文を書く労力を割くのと同じくらいの知的労力を本物の高度な入門テキスト、とりわけ日本語による思考力と表現力を本格的に養う良質の問題集の作成にも取り組んでいただきたいように思う。無論大学生向けの入門書は書いているだろうが、そうではなく、ここでは小学生や中学生や高校生や一般社会人向けの本当に良質の高度な入門書について言っている。

 

 7.カノン(古典テキスト)の問題集を作る

 本当に優れた入門書や問題集を書くことは、実は、そんなに簡単な問題ではない。あるいは、学者の書く、論文などよりも本質的にははるかに難しいものかもしれない。問題を見つけることの方が、問題を解くよりも難しく、また重要だということはいくらでもあるのである。

 また、問題だけを作ればよいというわけでもない。自分で考えるといってもヒントが示されないでは取りつきようがない場合も多い。問題形式のテキスト作成にあたっては、可能な限り、その問題を考えるデータが与えられヒントとして機能するようになされなければならない。

 当塾による問題形式のカノン(古典テキスト)入門テキストの作成はモデルとするものなしの手さぐりでの試行錯誤となるが、冒頭に引用したような寺田寅彦の言う「頭の悪い」、しかし本物の思考のできる日本人を育てるためのツールとして鋭意開発してゆきたいと思っている。

 

 

       
 

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<日本人塾> 124. 次代の日本人像とその育成 4: 問題発見型の日本人を育てる

 

日本人塾

次代の日本人像とその育成 4

 

出された問題を解くことから、自分で問題を発見し考えることへ

問題発見型の日本人を育てる

 

 1.問題発見指向型になっていない日本の教育

 小・中・高校生、あるいは大学生でも多くの場合は、教材にある、また教師から出題された問題を解くことがその仕事/任務とされる。しかし、そのような教育は、根本的に間違っていると、当塾、日本人塾「日本人」は考える。これでは、問題発見指向型の人材は育たない。

 

 2.問題発見の重要性と普遍性

 優れた自然科学者や社会科学者、また人文科学者によって学問や勉強について書かれたものを読んでほしい。すると、そこには、問題を見つけることが一番難しく、また、一番価値のある仕事であるといったようなことが書いてあるはずである。あるいは、すぐれた問題を見つけることができれば、勝負はもうついたも同然だと書いてあるかもしれない。

 それは、単に、研究者/学者の世界に限らない。政治の世界でも、経済・経営の世界でも、家庭での育児や介護の世界でも、恋愛の世界でも、皆そうである。何か問題はないか?とそれぞれの世界で常にアンテナを張り、観察・研究する。問題を見つけたらまっさきにその解決に向けて全力で取り組む。

 どの世界の仕事でも、すべからくそのようにしてある。会社員についていえば、そのような問題発見指向による仕事は、消費者に喜ばれる製品/サービスをリーズナブルな料金で提供する/できることにつながる。個人あるいは会社としても、同僚との「出世競争」に勝ち、他社よりも優れた会社業績を出すことにつながる。

 

 3.問題発見指向型のトレーニング

 しかし、日本の教育ではそのような問題発見指向型の教育が乏しい。これでは、真の創造的人間/人材は育ちにくい。ためしに、上に引いた文章を読んでみて、どうだろう?何か、自分なりの問題を見つけることができただろうか?

 読んで、何も考えずそれでお仕舞いでは、何も残らない。単に読んだ(人生の貴重な時間を費(つい)やした)ということだけである。それでは、君/あなたの人生にほとんど何もプラスにならない。

 この文章を例に自分の問題をみつけ、考え、その答えを表現するトレーニングを積むことは、実は、本質的なところで、他の学習/勉強や会社での仕事や家庭生活や恋愛などにおける問題を自律的に見つけ解決する汎用的能力を磨くことにつながっている。●たとえば、夫が妻の抱えるさまざまな問題に何ら気が付かず、ある日突然離婚要求を突きつけられるといったことも、帰するところ、夫における問題発見能力の欠如/貧弱性に由来するわけであり、問題発見能力を磨くことで家庭生活においても幸福な日々を送ることができるわけである。

 

 4.問題発見は、トレーニングを積めば、難しいことではない

 そのような問題発見指向型の教育は、日本の教育制度では、大学院になってようやく本格化する。これでは、まったく遅すぎる。

 問題発見型の教育/学習支援といって、別に何ら難しいものでも少数の人にしかできない高尚な技術を要するものでもないのである。お母さんやお父さんが子供さんと付近の川や野山や公園などを散歩していて蝶々を見つけ、「あっ、あれ何だろう?」「何て言うのかな~?」「どうして飛んでいるのかな~?」「羽をパタパタさせているけど、○ちゃんはああやって飛べるかな?」「飛べないよね~。じゃあ、どうして蝶々はああやって飛べるんだろう?」「どこへ行くのかな~?」、「昨日までいなかったよね~、どうして今日出てきたんだろうね?暖かくなったからかな~?」、「じゃあ、寒い時はどこにいたんだろうね~?」、「いつまでいるんだろうね/生きているんだろうね~?」、「死んだらどうなるんだろうね~?死んだ蝶々見た事ある?」、「どうして、このあたりにばかりいるんだろうね~?」など、いくらでも問題は出てくる。

 それら問題は簡単に答のでるものもあれば、そうでないものもある。しかし、ともかく、そのように問題を自ら、あるいは人(親や友人や同僚や上司や恋人など)と一緒に見つけ考え、何とか答を出そうと努力することが大切なのである。

 20世紀の偉大な物理学者ファインマン(R. P. Feynman, 1918-の回想録(英文)を読むと、小さい頃に父親と一緒にそのように周囲のさまざまな事象について問題を立て考えたことがその後の彼の科学者としての人生において決定的に重要だったことが良く分かる。そのような体験がなければ、おそらく、ファインマンはファインマンになれなかった。ファインマンこそは、アインシュタイン同様、まさに問題発見型人間の最たるものだったのである。

 

 

       
 

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<日本人塾> 123. 次代の日本人像とその育成 3: 文理融合の日本人を育てる

 

日本人塾

次代の日本人像とその育成 3

 

文理融合の日本人を育てる

 

 わたくし自身は典型的な文系の人間である。しかし、それで、人生のいろいろな場面で損をしてきたように思う。特定の専門家になるための専門的教育は無論必要であるが、その前に、まず、文理融合(ぶんりゆうごう)の基礎的知的体力が誰にでも求められているように思う。

 といって、まことに残念ながら、日本人塾の文系のトレーナーに数学や物理や化学など理系の学科の学習支援をおこなう力はない。

 しかし、そのことを認めたうえで、文系のトレーナーにも塾生の理系志向を育てるうえで出来ることはあるように思う。たとえば、日本語としてのテキスト読解力は、文系にも理系にも通じる部分が少なくない。そのようなものとして、理系のテキストについても読解力・思考力をつけるための学習支援をすることは、ある程度までは可能であるように思う。

 また、科学者の伝記などを積極的に取り上げ、優れた科学者がどのようにして育っていったのか、その秘密を共に探ることについても意味があるように思う。。

 

 <ここがポイント!>

 学校教育では、高校になれば文系と理系に分かれ、またそれぞれの系の中でも選択科目で学ばない科目も出てくる。専門化されたカリキュラムのもとに教育が進められる。そのような専門化教育はそれはそれで必要なことであるが、それは学校や一般の塾にまかせ、日本人塾では、それとは反対の文理融合の方向を目指す。

 因みに、文理融合の方向は、東京大学が教養学部の改革として打ち出したことが今年に入って新聞報道された。京都大学でも綜合人間学部がその線にある。

 

 

       
 

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<日本人塾> 122. 次代の日本人像とその育成 2: 日本語・英語・中国語の三言語能力者を育てる

 

全国・全世界の日本人のための

(家塾) 日本人塾 「日本人」

 

 京都市 伏見区 中島前山町 108  

(国道1号、ケーズデンキ伏見店より西北徒歩2  地下鉄&近鉄竹田駅より徒歩35分)

 

 
 

次代の日本人像とその育成 2

 

日本語・英語・中国語の

 

三言語能力者を育てる

 

 

 二十世紀はアメリカの世紀だった。二十一世紀は、現在までの流れを見るとき、アメリカと中国の世紀と言わざるをえない状況で推移しています。日本は、GDPを始め、多くの重要経済指標で、中国に抜かれ、さらに大きく引き離されはじめています。

 これからの時代において、中国との激しい競争の中に生きてゆかなければならない日本人にとっては、わたくしたちの母国語日本語と国際共通語である英語に加え、中国語能力の獲得は必須のものとなっていると言えるでしょう。日本語・英語・中国語を標準的に身につけた人材を、園児・小学生の段階から一貫して養成しなければなりません。

 

 <ここがポイント!> 日本語・英語・中国語は基本必修言語セットです

 日本語・英語・中国語を標準的に身につけた人材を、園児・小学生の段階から一貫して養成しなければなりませんが、ことに、中国語の学習支援は、現在の学校教育で非常な遅れ・問題点を抱えていますので、以下、中国語の学習支援について重点的に説明させていただきます。

 ●学校教育における中国語教育の立ち遅れに対処します

 日本の学校教育では小学生の英語教育がようやくスタートした段階です。日本では、中国語教育など小学生の段階ではまたまったく取り組まれていない状況にあります。

 しかし、ビジネスの場では、現在すでにビジネス戦士にとって中国語は必須となりつつあり、その傾向は今後益々顕著となるだろうことは明白です。学校で供給するものと企業社会とのニーズとのあいだで大きなギャップがあります。

 日本人塾では、次代と言わず今日すでに学校教育の遅れが目を覆うばかりに顕著な中国語学習支援に、園児・小学生の段階から本格的に取り組みます。

 ● 標準コースでの中国語学習支援

 標準コース(不特定多数向けの定型の通塾コース)では、1. 園児の段階から、2. 小学校低学年、3. 小学校高学年、4. 中学生、5. 高校生、6. 大学生、7. 会社員、8. 主婦の8レベルにおいて、各、週2回のコースを設け、それぞれ55分を使って、中国理解のための基本最重要テキストを中国語(現代語&古典語)で読みます。中国語読解力の養成のみならず、深く中国・中国人理解を理解することをめざします。●会社員レベルの標準コースでは、ネット上の中国のビジネスコンテンツを読むことで、ビジネスの実戦における中国語力・中国理解力を学習支援します。

 ● 専用コースでの中国語学習支援

 また、日本人塾の専用コース(通塾あるいは全国・全世界からネットで利用可能なオーダーメイドのコース)では、自由にテキストも学習時間も選べますので、それぞれの事情に合わせて、最適のコースを設定します。●たとえば、中国赴任を前にした会社員に対するビジネス中国語コンテンツ読解能力の集中的養成にも対応いたします。

 ● 専用コースのお薦めは村上春樹作品の中国語訳を読み中国語を学習すること

 中国語読解力を本格的に付けたい方には、日本人塾では、村上春樹の作品の中国語訳をテキストに使うことを推奨しています。村上春樹作品は、舞台がほとんど日本でそこに出てくる事物などや日本人の心理なども理解しやすいですし、作家に物語力がありますので、テキストを生き生きと楽しく読めます。現代中国作家の作品や新聞記事を読むより遥かに大きな中国語学習の動機付けとなり、実際、中国語学習自体が面白いものとなります。また、受信中国語としての学習もそうですが、さらに、発信型の中国語学習としても強力に機能します。

 村上春樹の作品は多数ありますし長編が少なくありませんが、ほとんどの作品は中国語に訳されています。また、訳の質も上質のようです。日本人塾では、利用者のご希望に応じ、それら村上春樹の中国語翻訳作品で入手可能なものにはすべて学習支援が可能です。

 『ノルウェーの森』、『1Q84』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『羊をめぐる冒険』など、お好きな作品、まだ読んでいないが読んでみたい作品など、遠慮なくご相談ください。テキストの入手には1ヶ月ほどかかるかと思いますが、その後に、一緒に進めましょう。

 なお、日本人塾では、それら村上春樹作品をまったく中国語を知らない方でも学習できるように支援してまいります。普通でいけば、大学の第二外国語で中国語を初めて学んでからそれら村上作品を独力で読むことができるまでには、まず10年はかかります。その10年の時間を飛び越えて、お母さんが子供にお話しをしてあげ子供がそのお話を通して日本語を覚えるように村上作品を読むことで、中国語を自然に覚えてゆきます。

 (なお、英語学習教材として、村上春樹作品の英訳を使うことももちろん可能です。ドイツ語訳やフランス語訳やスペイン語訳や韓国語訳の村上春樹作品についても教材としての使用が可能です。)

 ● 専用コースでは、村上春樹以外の作家の中国語訳ももちろん可能です

 また、現代中国の作家の作品を教材に使うことも、もちろん可能です。ご希望があれば、遠慮なくご相談ください。テキストが入手できれば、ご希望の作家のご希望のテキストではじめます。●ただ、トレーナーのこれまでの経験では、現代中国の作家の作品は、どうも日本人の文学的嗜好に合わないものが少なくなく、トレーナー自身は自分では積極的に読んでみたいとは思っていません。当たり外れがあり、長い時間をかけて読んでそれで外れの作品ですと、残り少ない人生の貴重な時間の浪費にしかならないわけです。

 したがって、お薦めはやはり、日本や外国文学(たとえば英米文学やフランス文学やドイツ文学やロシア文学など)の名作の中国語訳を教材として中国語を学習してもらうことです。

 日本なら漱石や谷崎や川端や三島や大江などの主要作品は中国語訳されていますし、女性作家でも吉本ばななさんや小川洋子さんの作品などは中国語訳があったように思います。

 さらに外国文学で、たとえば『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』、『戦争と平和』や『アンナカレーニナ』、『ドンキホーテ』、そして、シェークスピアやチェーホフやカフカやトーマス・マンやプルーストの作品などの名作を中国語訳(また、英訳など)で読むことも、もちろん可能です。読む作品が面白ければ面白いほど、中国語(また、英語など)の学習も進みます。

 

   
 

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 日本人塾は、全国・全世界の日本人のための、日本人による、日本人としての民族的(言語的・文化的)アイデンティティ獲得と、日本人として世界に雄飛するための塾です。

 
   
 

 <基本サービス> 1. 適塾(幕末に緒方洪庵が開き、福沢諭吉ら多くの逸材を育てた真の塾。1838-1868)を模範に、日本及び外国の古典&最先端テキストの精読を通じ、次代の世界に活躍する気骨ある日本人を育てる家塾(かじゅく)です。トレーナーが狭い自宅で一人で運営しています。2. 日本語テキストは、読解・思考・表現の総合学習支援をおこないます。英語・中国語等の外国語テキストは、読解中心です。3. 園児、小学生、中学生、高校生のほか、大学生、大学院生、会社員、経営者、知的専門職(研究者等)、主婦、高齢者を対象とします。4. 通塾(出張可)およびビデオ通話で、世界中から利用可能です。

 

 <総合サービス> 1. 日本人塾学習支援テキスト集(教材集)をネットを通じ提供します。2. 論文(卒論・修論・学会誌投稿論文・ビジネス論文等)添削、論文作成支援サービスを提供します。3. 各種テキスト/コンテンツ(外国語テキスト/コンテンツ可)についての調査・研究サービス、論文(また調査報告書)作成サービス、コンサルティングサービスを企業、個人向けに提供します。4. 志の育成(進路の決定)、頭脳改造(頭を良くする学習支援)、心のケア(悩みを解決し学習に専念)による総合的人材育成サービスを企業、家庭、個人向けに提供します。

 
 

 <日本人塾について>   日本人塾のご紹介 入塾・利用相談方法 サイト案内

 

 <日本人塾学習支援テキスト集(教材集)について>   目次 利用上の御注意

 

 

 

 

«<日本人塾> 121. 次代の日本人像とその育成 1: 日本語・日本文化・日本人としてのアイデンティティを獲得する

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